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経営組織論と『経営の技法』#65

CHAPTER 3.1.3:官僚制組織のまとめ(「専門能力と年功に基づくキャリア形成」の最後の部分)
 改めて官僚制の特徴を整理すると、専門化された職務とヒエラルキーによって設計がなされていること、そして個性や人格を職務から分離するためにルールの重視、非個人化、文書主義が行われます。さらに組織活動を安定して行うために専門能力と固定給によるキャリア形成が行われています。
 このような特徴を通して、官僚制は永続的で機械のような正確な組織活動を行うことが可能になっているわけです。もう少しいえば、リーダーが代わっても、変わらず動く組織であるためには、このような特徴が必要なのです。
 しかし、ここで説明した官僚制組織はウェーバーが説くように、1つの理念型です。理念型とは理想の形といってもよいでしょう。野球でもサッカーでもスポーツの練習をするときに、私たちは理想的な姿を描きながら練習をすることがあります。たとえばテニスの練習では、最初に模範的なフォームでの素振りを徹底的に行います。
 しかし、実践では理想の姿や模範的なフォームの素振りが完璧に再現されるような場面はなかなかありません。だからといって、理想を描いてそれを反復することに意味がないわけではありません。それに近い形でプレーしようと考えることによって、理想型の持ついくぶんかの良さが実践で示されるのです。ここで示された官僚制組織も、完全に再現された組織は歴史的にもなかなか見ることはできません。しかし1つの理念型として捉えると、状況や環境に合わせて官僚制組織に近い組織を考えることができるのです。
 官僚制組織の考え方は、役所に限らず民間の組織においても多く取り入れられています。民間組織あるいは営利組織であっても規則や文書によって動かされている部分は決して少なくありません。しかし現在の世の中において、官僚制組織という言葉はあまり良い印象を持たれていません。官僚制組織の代表である自治体や官僚の組織に対しては、規則を盾に柔軟な対応をしないことや法律によって身分が保証されていることの不公平さなどが指摘されます。
 しかし、これらの問題はむしろ官僚制組織が永続的に機能するための必要な条件でもあり、これらこそが官僚制組織の良さの要素でもあるのです。しかし、どんな組織にも問題があります。次節では官僚制組織の持っている問題について考えていきましょう。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』54~55頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村・久保利・芦原/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 日本の会社組織でも、これまで検討してきたような官僚組織の特徴が多く取り入れられてきました。特に、高度経済成長期の日本の産業界では、大企業の場合、終身雇用制を前提とした官僚組織型の会社組織が主流でした。
 それが、時代に合っていたという面もありますが、当時の日本の主力産業に合っていた、という面もあるでしょう。すなわち、当時の日本は「重厚長大」と言われる製造業の育成に力が入れられており、これを支える銀行などの金融機関も含め、少量多品種ではなく、画一的な大量生産的製品やサービスが中心でした。そこでは、専門家たちをまとめた「部門」それぞれが役割分担をし、1人ひとりの個別の能力ではなく、部門ごとのマンパワーによる大量な処理が中心で、個人プレーよりも集団プレーの方が重要です。
 このような特性が、官僚組織とそっくりな組織形態の民間企業を多く作り出したのでしょう。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 このような組織を、投資家の側から見ると、経営者が多少変わっても会社組織の性能は大きく変わらないということですから、経営者は経営戦略に専念すれば良い、ということになります。つまり、組織のマネジメントについての能力はあまり重要ではなく、市場での競争で勝ち残り、利益を上げてくれる能力だけを見ればよい、ということです。
 けれども、官僚組織が適さない事業の場合には、官僚組織とは違う要素が増えていきます。
 そうすると、官僚組織の特徴として指摘されるような、権力者が変わっても影響を受けない堅固で安定した組織ではなく、権力者の影響を受けやすく、脆くて不安定な組織になっていきますから、経営者は市場での競争だけでなく、組織のマネジメントも重要なスキルとなってきます。
 さらに言えば、組織のマネジメントに振り回されるのではなく、組織形態すら競争のツールとして使いこなせるようになれば、経営者の選択肢はそれだけ広がります。
 「重厚長大」産業でなく、官僚組織と異なる組織形態が好ましい会社では、投資家が経営者を選ぶ際、組織のマネジメントスキルをより重視しなければならず、さらにこれを戦略的に使いこなせる経営者であれば、より高配当が期待できる、ということになるでしょう。

3.おわりに
 強固で安定した官僚組織は、規則で決められた手法により対応できるリスクについては、抜群に強いものの、マニュアルなどでは想定していないリスクに対応する場合、特に、状況の変化などに応じて新たなリスクを取り、チャレンジする場合には、対応が苦手です。リスクを取ってチャレンジすることを、画一的な対応のために存在する規則やマニュアルは、当然予定していないからです。
 けれども、これまで検討した要素から、官僚組織の強みが理解できました。官僚組織の強みを、どのように活用していくのか、という観点は、会社組織の構築や運営に役立つはずです。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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