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SFショートショート『リモコン』

※1999年に地方新聞の「コント」に掲載されたショートショートですが、現在、マイクロチップを脳に埋め込んで、思うことでPCなどを操作する技術が実現化しているので、古いアイディアになってきました。人が想像できることって、いずれは実現してしまうのですね。
古い家電名は変更しています。

リモコン

ある家電メ―カ-の男女数人のスタッフが、夜間の開発室で、頭に配線をからめたヘルメットのようなものをかぶり、木製の椅子にそれぞれで腰をかけていた。どのスタッフも徹夜がつづいていて、目の下に隈ができている。白い壁にはさまざまな設計図が貼られ、机の上には自社製のパソコンがいくつか置かれていた。

開発室のなかでIC基盤と配線がむきだしになっている機器にだけ、スタッフの目がそそがれていた。その機器は各家庭で使用しているリモコン対応式の、自社製品を、リモコンを使用せずにただ思っただけで操作できるという試作品であった。

「リモコンが家庭のなかにあふれているが、これからは思っただけで家電製品を操作できるようにしなければな」

開発課の主任である武田が自信にあふれた口調で話す。

「まったくです。自社製品に限るというのがみそですよね。このたびの製品が実用化されて販売されれば、相乗効果で我が社の製品が売れまくることは間違いありませんね」

満面に笑みをうかべて、部下の中谷がそう同感の意を口にした。
武田は笑みを浮かべて満足げに何度も頷き、まだ二十代の女性スタッフ二人は肩をすくめて聞いている。

「それではスイッチをいれて、思っただけでさまざまな製品を操作してみよう」

武田の一声により、開発スタッフの面々は思い思いにテレビや、ビデオ、照明機器、オーディオなどを操作しはじめた。

最初は予定どおりに思ったとおりにテレビのチャンネルを変えたり、自分の好きな音楽を聞いたりしていたのだが……。

(若い娘の聞く音楽などただうるさいだけだ)

と、武田が思えば、

(なによ、このおやじ。退屈なニュ-ス番組ばかりみちゃってさ)

と、女性スタッフの恵子がそう思う。

(つまらん映画だ。とばして見よう)

と、中谷もやっぱりそう思った。

そのうち、開発室に置かれた電化製品は騎手を失った馬のような暴走をはじめ、リモコン対応ではない電機機器までが勝手な作動をはじめた。

テレビのチャンネルはめまぐるしく変わりつづけ、オーディオ機器から流れていた演奏が突然停止したかと思えば、またもや鳴りはじめるが、いちフレ-ズごとにスキップして楽曲が変わりつづける。ビデオは早送りと巻き戻し、一時停止を繰り返し、照明は点灯と消灯を繰り返した。電子レンジはなんどもチ-ンと鳴り、ジャ-ポットは再沸騰をつづけ、室内は蒸気であふれかえった。

やがてどこかの配線がショ-トしたらしく、突然すべての製品がその息をとめた。
スタッフたちはしばし茫然として、動きをとめた製品をぼんやりとながめるだけだった。

武田は思った。

(人間の思いをコントロ-ルするリモコンをはじめに開発すべきだったな。それにしてうちの開発課のスタッフのやつらは自分の意思をコントロ-ルできんのか、まったく情けない。良子もぼんやりしていないでさっさとかたづけろよな、まったく!)

そのとき良子があやつり人形のように体をふるわせながら機器をかたづけはじめ、武田は自分の頭をなぐりはじめ、恵美は突然踊りながらなにやら歌いはじめた。そして、

「僕は世界で誰よりも富美を愛している~」

と、中谷は好きな彼女の名を叫びはじめた。
どうしたことか、開発したリモコンがスタッフにまで作用しはじめたのだ。そして疑心暗鬼に満ちた瞳で互いの顔色をさぐった。

(誰だ? 誰が思っていることなんだ?)

武田は、なおも自分の頭をなぐりつけながらそう思った。

           (fin)


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