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不協和音(18)

数日後の休み、城は馴染みの楽器屋に立ち寄った。アクティブの感触を確かめるためである。アクティブの良さはベース本体にプリアンプが備わっていることで、出力が大きく高音・中音・低音のイコライザーが付加されていることである。音の輪郭を作ることがベース単体でできるというメリットは大きく、曲によって変化をつける場合でもベース自体のツマミを調整すればいい。

店頭で頼んで試奏させてもらったところ音の粒立ちがパッシブとは明らかに違い、今までと同じ弾き方でも立体感が出ていることを実感した。城は主にピック弾きだが、そのアタック感がアンプに伝わる感じが大きく気持ちがいい。ドンシャリの音作りも容易で、きっと今回のバンドに合うなと確信した。

あとは見た目の問題だが、試奏したモデルは黒一色だったため城は好みの木目のラインナップがあることを確認してそれを注文した。黒は決して嫌いではないが、普段着ている服も黒が多いためちょっと被ってしまうことが多い。どんなベースであれ、飽きがこないという意味では城はやっぱり木目が好みである。ネックも高価な材ではないが剛性の高い木を使っているし、自分の弾き方に合わせたセッティングは弾きながら決めていくしかない。

新しい楽器を買うのはいつだってとても楽しいものだ。今ではネットでも当たり前のように注文できるが、やはり身体に寄り添う楽器は自分で触って確かめたい。厚みや重さ、様々な角度から見た色目など、実物に触れないと分からないことはたくさんある。

コレクションとして購入するとか飾りにするのなら話は別だろうが、楽器は車や靴と同じで自分の好みやスタイルそのものを映す鏡であって欲しいと思う。そこに男女の境はないだろう。一回目のスタジオ練習に間に合えばいいけどと思いながら城は到着日の連絡を楽しみに待った。

顔合わせから初スタジオまでに新機材の用意をしている城のような者もいれば、全く違った意味で練習に臨むことに頭を悩ます者もいた。宮路はバンドメンバーして初の参加であると同時にスタジオ店員としての面識しかない城に誘われた立場である。

彼女のさりげない勧誘でなんとなく断らなかったこともあるし、他のメンバーも顔を合わせてもいい印象の人達しかいなかった。そもそも一人でトラックを作っていたのはバンドが嫌いとか苦手というわけではなくて、必要性を感じなかったからだ。

好きなゲームのサントラやBGM、バンドの曲だってある程度作り込めばアマチュアだってそれなりのクオリティのものは作れる。そこに自分で弾いた楽器の音を乗せればそれで満足だったし、まして人前で演奏することが自分の選択肢にはなかった。演奏力が人並み以上か以下かはわからないが、練習をして弾けるようになることに自分なりの達成感はあったしそれで誰に点数をつけられるわけでもない。

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