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鮎川誠さんを偲んで

鮎川誠さんを思う時、映像として浮かぶのは、幸せそうな笑顔と九州弁。はるか昔のTVでの記憶が主だけども、ちゅらさんで山田孝之くん演じる恵達のギターの師匠役とか、よくタモリの番組に出てたなあとか。

ただ、今でも不思議なんだけど、ひょんなことから鮎川誠本人に会えてサインまでもらっちゃったことがある。

まだ社会人になりたての頃、あるバンドのライブがあって、仲良しの同僚と会社帰りに直行する予定が、その子が風邪をひいて来れず、一人でクラブへ向かうことになった。どちらかというと、その同僚の推しに付き合う感じだったから迷ったんだけど、「会場には友達がいるからその子に会えるようにしとくね」と言われ、まいっか、くらいのノリで向かった。到着すると、真面目そうな、でもいかにもライブ好きそうな男の子が入り口で待っていてくれた。

いざライブが始まったら、それは想像以上に素敵なステージだった。そしてファンや会場を一段と盛り上げたのが、スペシャルゲストとして登場した鮎川誠のギターソロだった。

どう表現したら一番しっくりくるんだろうか。7〜80年代のUKロック好きにはきっとたまらない、とにかくど真ん中なビジュアルとステージパフォーマンス。鮎川さんは当時十分大人だけどまだオジさんじゃなく、トレードマークのサングラスと、確かタバコを咥えながらギターをかき鳴らしてた。まさに映画とか漫画とかでしか見たことない、選ばれし者しかできないジェスチャー。実際あるわけないのに、背景に真紅の薔薇が散りばめられてるみたいにも見えた。もちろん骨太の演奏で、男のファンたちも一瞬で虜。大喝采だった。

さてライブも終了し、一人帰宅しようとすると、並んで立ってくれてたさっきの男の子が、「じゃあ、こっちから楽屋行きましょう」と、まるでそれがごく当然の流れのように私を誘って、会場隅の階段を昇り始めた。

いわゆるロフト部分が楽屋。当然メインのバンドの面々もすぐそこにいる。なのに、こともあろうことか、というか何をとち狂ったのか、当時大人気だったそのバンドのメンバーを尻目に、ゆったり佇んでる鮎川誠に直進して「最高のステージでした」と右手を差し出していた私。

もちろん、紳士的で温かい鮎川さんはすぐに握手をしてくれた。ただライブの余熱と鮎川さん自身のオーラに私はトランス状態に陥り、脳の指令が腕にうまく伝わらず恐ろしく手を伸ばしすぎていて、鮎川さんの二の腕を握ってしまっていた。側から見たら救助隊みたいな格好だ。

その直後、私の大胆行動に一瞬怯んでいた隣の男の子も「そうだ自分も!」と思ったのか、すかさず握手してもらっていた。多分スタッフだったんだろうから、このトランス状態ファンのおかげで彼も堂々と握手できてラッキーだったんじゃないかと思ってる。

そして「あっ」と思い立って、駅からここにくる途中に買ったばかりの新刊小説の表紙を開いて、生まれて初めて有名人にサインをお願いしてしまった。鮎川誠とは全く関係のない小説。今思い返せば、ほんと穴があったら入りたい恥ずかしさなんだけど、鮎川さんは「名前はなんていうの?」というようなことを、優しい九州弁で言ってくださった。

家の本棚に並んでる、ある人気作家の小説シリーズ。その中の一冊に To XXX と私の名前の下に大きく鮎川誠、そしてS&R と記されてる。

人生振り返って、唯一手元にある直筆サイン。小説を読み返すたびに、そして鮎川誠を、シーナ&ザ・ロケッツを思い出すたびに、あの夜の数時間の光景が、本当に夢のように目の前に現れる。

鮎川誠さんはいま天に召された。きっと奥様とそこで待ち合わせしていて、そこでも音楽を鳴らしているんだろう。たまに下界に聴こえるように。

そんなふうに感じながら、窓の外を見上げたら、冬の午後の青とオレンジの混ざった空が見えて、哀しいけれど、少しだけ明るい気持ちになれる気がした。



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