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つまり、幸せということ 序

 本当は、ギューってされたいだけなんだ。

怒っている人も、泣いている人も、嗚呼孤独だ、なんだ、せいじはもつと民主のなんたら、恋愛なんて、と嘯く人も。

本当は、みんな、ギューってされたいだけなんだ。
ギューとは、とても、だいじな魂の根幹に触れる、高尚なコミュニケーションなんだ。

わたしは、いま疑い深い、けものの子を、心に飼っている。

彼は、少々、斜にかまえて世界と対峙していた。
なぜ、いつも、まるで世界のすべてがあなたにとって、敵であるように、牙をむくのだろう。

純粋で、子どもらしいそのまなざしは、時に挑戦的に、他人をにらみつける。

ねえ、疑うのはたのしいの?
信じることは、できないの?
どうして、そんなに悲しい眼で見るの?

彼のぬくもりを抱きしめながら、ああ、たぶん一年前には、想像もつかなかった幸せを、わたしはいま抱きしめているな、と、一人天井を見つめる。
この疑いしかもてないケモノを、どうしたら良いのか、とため息をつく。

「不思議だ。ぼくはこうして寝ているのに、生活音がしている」

彼の感慨深そうな言葉に、彼の長い、長い、孤独を見つめ、胸の奥が痛む。
そうして、それは、そのままわたし自身にもあてはまる。

生活音のしない人生の一人旅を、長く続けていると、時に、ふ、と暗い穴に落っこちてゆくような、たまらなさがあって。
その悲しさを、夜の闇のなかで、共にしながら、彼のながい、ながい孤独を抱きしめた。

頬にくちびるをよせて、まあるい頭を抱いて、少しでもその孤独が薄れたらいいのに。
そうして、あなたのたましいの大切な部分にキスをした。

ひとりぼっちのオバケ
あっちいけ
あっちいけ

そうして、彼にキスとすきの雨をささげる。
ねえ、あと、どれだけ、抱いたら信じてくれる?
ギューってしたら、心の奥のほうにある、傷のようなものが、少しは治るのかな。

そう言いかけて、やめた。
わたしだって、あなたに言いたい。

わたしなんかが、こんなに幸せでいいの?

あなたが、隣を歩き、手を繋ぎ
わたしの柔な身体を片腕で、ひょい、と抱きあげ、ギューをする。

熱い指や舌が体をはうたび、涙が出るほど、うれしい。

わたしの足を割って、その体をおしこんでくるとき、あなたとだけの大切な時が、刻まれる。

「あなたが、いとおしい」

そうして、口づけられたとき、ずっと抱きしめて、お互いの顔を肩にうずめる。
たくましい肉体が、わたしをすっぽり抱く。
心地よくて、つまり、幸せということ。

彼が帰ったら
後で、こっそり、いとおしい、を辞書でひいてみた。

うん、わたしも、あなたが可愛くて、かわいそうで、すき。
すれ違い、やまあらしのジレンマがお互いを傷つけても、結局は、あなたが優しいから。かなしくなるほど、わたしを愛してくれるから。

たましいの根幹に響くようなかなしさをしらない人たちから、あんたはだまされてんだ、と言われた。

だから、何なんだ。

あなたたちは、親兄妹に子どものころから、だいじにされてきたから、ギューという大切なコミュニケーションを知らないのです。
大切な人に、拒否されたことのない幸せな人は、恋人を抱きしめるよろこびを、知らないのです。
わたしに嫉妬するのは、あなた達がたましいの根幹にあるかなしさをしらないといふこと。

彼は、わたしを甘やかすから。
わたしは、つい、まるでおとぎばなしの王女のように、ワガママを言う。
そうして、あなたを抱きながら、笑みがあふれてたまらないんだ。

「あなたはもう、ぼくのものだ」
「ぼくはもう、あなたのものだ」

あなたがいて、わたしがいる。
つまり、幸せということ。それだけが、真実なんです。

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