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水を浴びれば空へ飛び立つ。

久しぶりによく寝れたと思って、スマホに手を伸ばすとまだ午前6時だった。

なんて今日の朝を振り返りながら、コインランドリーで洗濯物が回っているのを眺めたり、空港に向かうバスの窓から外を眺めたりしてる間に、つらつらと書き殴ってみる──。


脱水後にしばらく経った洗濯物みたいに、じとっとした汗に浸されていて気持ちがわるい。

昨晩、旅立つ前にと近くのバーに軽く飲みにいったら同僚が酔っ払い女性に絡まれた。なだめているのか満更でもないようで、身体はだいぶ密着していた。
彼らの接触と僕とは全く関係ないのだけれど、はやく、シャワーを浴びたい。

引越したばかりで片づけられていない、けれどだだっ広い部屋からパスポートを見つけるのは難しい。と思っているとすぐ見つかったりする。
イージーな1日の始まり。

財布を整理して、オンラインチェックインでも先にしようか。そこで経由地もESTA同様に入国に必要な事前申請が必要だと気がつく。気づいてよかった。

ついてる。今日はいける。

なんて、簡単に事が運ばないのが人生。

最近のこと。仕事に引越し、今回の旅のために必要な手続きなど、人生タスクが脳内メモリを埋め尽くしていた(大部分が仕事)。
動画レンダリング中のPCレベルにおっそい処理速度。疲労困憊。コンパイルエラー。
限界サラリーマンすぎて常識的なヒトとしての営みを行えていなかった。溜まった洗濯物の山に目をやる。

パッキングをしようにも、詰める着替えがない。困った。引越して乾燥付きのドラム式を買おうと思い、新卒で金のないときにメルカリで手に入れた洗濯機は捨ててきた。

もちろん、まだ買えていない。

コインランドリーに行って、洗濯中にシャワーでも浴びにいこう。実は、多忙をいいわけにガスの立ち会いが出来ていない。

だから、僕の部屋はお湯が出ない。

けれど契約している月に一度も行っていないジムにはスパがある。最近はよくお風呂に入るためジムに通っていた。もちろん、トレーニングはしていない。

伊勢丹のでかい袋に洗濯物詰め込んで外に出る。澄み切った空に鬱陶しいぐらいにまぶしい太陽。
いい日になる。さっきまでは順調な朝だった。このままいける。
はじめていったコインランドリーは最新設備で、だからか非常に高い。
大丈夫、まだ許せる。うまくいってる。

「いい歳して、自宅で洗濯も出来なければ風呂にも入れないって、大丈夫か?」

なんて声は聞こえてこない。オールオッケー。

銀色の丸にいっぱい詰め込んで、シャワーを浴びにジムへ向かった──。



「本日は休館日です」


そんな…。

湯水のように、対して通わずに月額を払い続ける僕が、毎月の休館日なんて把握してるわけがなかった。

今はただ湯水を求めているだけなのに。
でも、ジムは休館日を撤回してくれるほど寛容じゃない。(寛容とかそういう話ですらない)

近くで朝にやっている銭湯はない…。

けれど、今日の僕はうまくいっている。
すぐにネカフェのシャワーを利用すればいいことに気がついた。
天才。(凡人の発想)

10分ほど歩く。
ビルに囲まれた街は、仕事に向かう人で溢れて歩きづらい。日差しに照らされて人に揉まれ、まとわりつく汗の量も増えていく気がした。

カラスがゴミをつついてゴミが散った脇道のビルに入り、5のボタンを押す。

上昇するエレベーター。気分を表すにはわかりやすいシーンだ。

やっと。やっと、綺麗な身体になれる。



「新規登録をしてください」

モニターの表示を眺めて店員にたずねる。

「身分証はお持ちですか」

僕はただ洗濯物をしたくて、風呂に入りたいだけのやつだ。小銭は持っていても、免許証は持ってきていない。

「都の条例で、住所のわかる公的証明書がないと登録はできません」



エレベーターに乗り込む。
下向きの矢印が何度も何度も、ループのアニメーションを繰り返す。

「↓↓」なんてガラケー時代の「サゲ」な表現は、令和のスマホ時代にゃ誰も使わない。
けど、うるうるした瞳の絵文字なんて使える柄でもなければ若くもない。「ぴえん」なんて言ってたらJKに引かれずとも自分で引く。

とりあえず事実。
お湯のシャワーを、浴びれない↓↓


惣菜パンやらおにぎりやらのパッケージのプラスチックと、タバコの吸い殻で汚れた道に戻る。

今度は声が聞こえてくる気がする。


「なにやってんだろ」

28歳になった初夏。旅立つ前の朝。
そんな時に。

繁華街に24時間営業のスーパー銭湯があるのは知っていたが、何より高い。
今さらそこに行くのは負けた気がする。それに遠くて時間の都合も悪い。

惨めで空っぽで、やりきれない気持ちをお腹を満たすことで埋めようと、汚れた道沿いにある立ち食い蕎麦屋に入った。

朝そば 360円

すごい沁みた。

表参道の高い昼ランチを食べてる時とは比べ物にならないほど。今の自分に寄り添ってくれて、優しくあたためてくれる。

いつものように七味をたくさんかけて、べとついた身体の内側から、またじんわりと汗が滲み出てくるような気がした。

ここまで色々うまくいかないと面白くなってきて、水でシャワーを浴びる覚悟が出来てくる。

むさ苦しい湿気と照りつける日差しで、汗に覆われる身体。

そう、これはサウナ。
そう思えば水のシャワーは、ととのうための必須条件。もう何も怖くない。

ドラム式から洗濯を取り出すと、さすが最新設備。やけにふわっふわ。どれだけ冷たい仕打ちにあっても包み込んでくれる。大丈夫。

家について洗濯を取り出し、おおかた荷造りを終えてから服を脱いだ。
この部屋に住んでから、初めての浴室利用。
新居のために買い揃えられた、少し値段の張るシャンプーやボディソープ。たしか商品はサステナブル素材を利用しているとウェブサイトで謳っていた。実態は知らない。

赤の蛇口をひねる。
もちろんどれだけ待っても水は温かくならない。恐る恐る、細い水の線に頭を差し出す。

つめたい。けど気持ちいい。

思えば学生時代、よく部活終わりに蛇口の水で汗を流していた。水でシャワーなんて全然余裕。
シャンプーで頭皮をかき洗い、合わせて顔も洗って頭はすぐに終えた。実際、つぎが本番。


まずは足から。
いける。

すねから膝へ。

腿にシャワーヘッドを向けると震えた。
気合いが必要だった。

大丈夫。

橋の上から川に飛び込む度胸はあるじゃないか。いける。

股間から肩まで気合いで濡らす。叫びなのか喘ぎなのかわからない声をあげてしまう。

28歳。
この声を誰かに聞かれていたら、きっと恥ずかしくてずっとリモートワークになってしまうだろう。今の家にはWi-Fiがない。聞かれてなくて本当によかった。

声を上げた。

何度も何度も。

水を止めてボディソープで擦り洗う。
次はもっと長時間、冷えた水をあてがわなければならない。

辛い。
けれど、身が引き締まる気持ちよさもある。

「毛穴を引き締めるためには洗顔後はお湯じゃなくて水洗いだよ」

教えてくれたのは誰だったか。身体を洗えば、何もかもが引き締まったよ。ありがとう。

浴室の中に声が響き渡る。
自分で、自分の反響した声を聞く。

少しでも身体をあたためようと反射的に足踏みしながら、全身をくまなく水で流した。
ミスチルのサビでも歌えそうなぐらい高音で、声は止められなかった──。



終わってみれば、やはり水風呂後のような気持ちよさがあった。ゆっくり外気浴でもしたいところだ。トリートメントは諦めた。もう一度、あの冷たさを味わいたくはないから。


その後の準備はすぐに終わった。
今日、同じく旅にでる仲間たちと合流して、もう空港に到着したところ。

バスで向かうまでの間、さっきまでのピーカン照りは何だったのかと思うほどに豪雨が窓を叩きつけていた。

この先の旅を、安い比喩みたいにわかりやすく暗示していないといいのだけれど──。


何か忘れ物はないだろうか。
少なくとも、旅立つ前の朝話としては、いい持ち物ができた。



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これから6月の半分ぐらいをニューヨークで過ごし、そのあとフランスのカンヌへ。

普段、ブログとか日記やエッセイなどのノンフィクションな文章は書かないけれど。せっかくの旅なので気の向くままに書き殴ってみようかなと。

もし読んでいただいた方で、ニューヨークに詳しい方がおりましたら、教えてください。

それでは。
『なんでもない28歳、初夏のNY放浪記』
はじまります。

なんでもない28歳 初夏のNY放浪記


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