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似非ニューヨーカーの朝帰り。前編

瞼が大きく開かない。
ぱっちり二重じゃない僕にはいつも通りのことだけれど、目覚めて顔洗っても最近この調子。もう眠すぎる。

今、僕は朝帰りの道中、この日記を書いてる。
きっと書き終えるのは幸せな気持ちでお布団に入っている頃だろう。

いや、今回はちょっと、重い考えを巡らせた話。


濃密な1日だった。

一昨日の話。

時差で、ある程度日本時間にも合わせて働くことの厳しさを知った3日目。

時差ボケもあるのか、深夜でもレッドブル三本分ぐらいに眠気が飛んでいた。結局なかなか眠れないまま、勝手に太陽が上がってくる。


翌日、これが4日目の始まり。

だいぶ朝早くから打ち合わせがあった。
意外と短時間しか寝なくても寝覚めはいい。
とはいえ睡眠時間は確保したい。

が、

朝の打ち合わせを終えて寝てしまおうと思った矢先、「オフィスの鍵持ってきて」という連絡。

すぐいかねば。

ようやく、オフィスへ行ける。

昨日の雪辱を晴らす。

宿からオフィスへは、バスやメトロを乗り継いで40分ぐらいかかる。


--- ここで地域のお話 ---

僕らの宿はブルックリンの中でBushwickというエリアにある。ブルックリンの中で洋服やカフェなどの人気地区、Wiliamsburgから東。

最近はウィリアムズバーグなどの土地の高騰により、だんだんと郊外にカルチャーの最先端が移っているらしい。
Bushwickは、まさに若いアーティストが住み、グラフィティなどのストリートアートが合法的であり、最先端の音楽やアートが生まれる場所だと記事は言う。

6年も前から世界で最もクールな街のひとつと、取り上げられてもいる。

そう、僕らもそんな若手クリ…いやなんでもない。ただの貧乏旅行だ。

賃料的な面で若いアーティストが集まるこの区域はもともと労働者階級の地区ということもあるのか、ぱっと見の治安は良いとは言えない。

なんならだいぶ怖い。
1日目は目の前にたむろする人たちが怖すぎて入れないコンビニがあった。
それにこの間、天気の良い鳥の鳴き声のする平和な朝に、車が事故ってた。でも当たり前の光景に写った。

日本でいうところの川崎とか平塚、ParisいうところのClignancourt、LyonでいうところのGuillotièreみたいな感じ。

(神奈川県民な上にフランス留学行ったぶってます。普段はそんなことありません。それに川崎や平塚に対しての偏見がすごいかもしれません。ご容赦ください。)

ちなみにオフィスの場所はGreenpoint。ポーランド系アメリカ人の大きなコミュニティがあるらしい。雰囲気はだいぶ落ち着いていて、歩いていても心地よい。

僕らの宿の近くとは雰囲気が大きく異なる。

--- 閑話休題 ---


地域の紹介は終えて話は戻る。

オフィスへの道中。
あまり治安のよろしくない場所から、それもあまり乗らない方がいいよと言われる地下鉄に乗って向かわなければいけない。

まあでも、留学もしてたしそこまで心配はしていなかった。

が、やはり稲熊。

毎日がハードモード…



地下鉄から乗り継いでバスに乗ろうと駅を降りてすぐ。


目の前に立ち塞がる高身長の男。(推定3-40代)

ソーシャルディスタンスという言葉をそういえば今思い出したが、彼の頭の中にもないようで本当に至近距離。

迫ってくる。


「10$渡せ」

いやいや、こわいこわいこわい。

だが、こんなことモロッコ旅行で何度も遭遇した。無視するのがいちば…


肩を掴まれる。

簡単には振り解けない。

まずいまずいまずい。

これまで懇願するようにこじきをしてる方や、わかりやすく詐欺してくるような方々には何度も出会ってきたが、今回は手を出しそうなタイプだった。というかすでに暴力ではないまでも接触がある。怖すぎる。

そこで何故か苛立ってしまう僕。
こういう時は是が非でもお金を渡したくなくなる。


キャッシュ持ってないんだごめん。
そんなこと言って足速に去ろうとする。


無理だった。

また肩を掴まれる。


まじかよ。

「嘘つくな、見せろ」

Show me, show meって怒鳴られた。


でもリュックから財布出すのもすごい面倒だったし、基本クレジットでしか生活しないなんて当たり前なことだろう。

クレジットしか持ってないんだよマジで、ごめん。
と振り解こうとする。


やはり無理。

「なら、そこの店でビールを買え」

まだ朝やぞ。こちとら仕事に向かってるんだ。
ビールは僕だって飲みたい。いっそ、一緒に乾杯するか?

なんてことは、振り返ってる今だから出てくる思考でこのときは、

室内一緒入るのは無理無理怖い。

だった。


流石にまずい。
払わされるとしてもどれだけ買わされるかもわからないし、誰かグルがいるかもしれない。(そんな経験をモロッコでした)


道ゆく人に声をかけてみたが、足速にスルー。
アメリカなら助けてくれそうな人もいそうなのに。みんな面倒ごとは嫌いだよね…。



逃げるか。



わかった買いに行こうと、観念して匙を投げたようなそぶりを見せた。

向こうもそうすると距離が遠ざかった。
店へ案内しようとする。

2mなんて距離じゃ、トンズラディスタンスは足りない。4mは欲しい。

着いていくように見せながらほとんど足を持ち運ばず、彼が振り向いたら動くという、だるまさんがころんだ方式で3秒やりすごす。

4m程度離れたところで、彼の視線がそれたその時。


一目散に逆走した。


高校時代、僕は走るのに少し自信があった。
今ではなんでもない、ジムを契約しているのに通ってない28歳。

アラサーにしては速い、全力疾走だった。


50m 6秒台ぐらいのペースなんじゃないかと今では思う。多分そんなには早くない。


何度も道を曲がり、当てもなく。
とりあえず追いついてこれないように。

ハイウェイの下。

広い道路。

すれ違うひとの驚きの声。

乾いた空気と、やさしい日差し。

日本と変わらないアスファルト。


次々と、景色が後ろに進んでいく──。



吐きそうになるぐらい、息が上がった。
距離にして400mぐらいは全力で走った。

その後もランニングぐらいのペースで1マイルぐらい走った。

※1マイル = 約1.6キロメートル
(今調べた)

なんで普通に仕事しにオフィス向かっててこんな目に遭わなきゃいけないんだ。

でも僕が鍵を昨日預かったから、オフィスに入れず待ちぼうけの同僚に会わなきゃいけないんだ。

とりあえず向かわなきゃ。

地図を見るとそこまで道を逸れずに走っていたようで。

むしろバスを使う到着予想時刻より早かった。



10分ぐらい歩きながら、ずっと考えていた。

彼は本当にただビールが飲みたすぎてアルコール依存に苦しんで、助けを求めていたかもしれない、という可能性のことを。

本当に困っていて、一刻も早く10$が必要で、10$分のビールを飲まなければいけない。

そうして目の前に現れた心優しそうな僕。

その出会いを逃すわけにはいかないと必死になって要求しただけなのかもしれない。


自分が嫌になる。

彼の外見で、自分の中のバイアスによって、恐怖とか面倒な物乞いだとか、条件反射的に身体が反応してしまったことだ。

もらいタバコもほとんどの場合断る。

でもそれはかなり器の小さいことなんじゃないのか。そう周りから見えることもあるんじゃないのか。

困っている人がいたら、助けてあげられる、与えてあげられる人でありたいと思ってる一方で。
真逆の、でも自分にはどうすることもできない反応。

何度も何度も、広告コンペでUnconcious Biasについて考えたり、差別や固定観念を忌み嫌い、視点を高く、視野を広くと思っているのに。


どうしても、経験からくる恐れや嫌悪がもたらすものから逃れられない。


せがまれて断る理由は、モロッコで本当にしつこかったし、何度も詐欺られたから。だから出来るだけ、そういった絡んでくる方々には関わりたくないと思ってしまっている。

フランスに留学してた時はISISのニュースが絶えず、パリのテロや南仏のテロがあった時。街中ですれ違うアラブ系の人から、反射的に少し距離を取ってしまったことがある。


ちょうど待ち合わせ場所へ向かう道すがら、ポスターを見かける。

BLACK LIVES MATTER

 
BLM運動の激化は記憶にも新しい。

自分は、その要因を作ってきた人と、同じ感覚なのかもしれない。
長い歴史の中で、Blackの方々へ向けられた先入観。
こんな簡単に言い表せる問題ではないけれど、同じように先ほどの事件で、後から入る隙もないほどの観念で、僕の脳内は埋め尽くされていた。


そう思うと本当に嫌になる。

けれど、全くそう思わない方法なんてあるのかな…。


もちろん、性別や人種、外見で人を判断なんてしない。あくまで一個人。
けれどその個人が良い人かどうかは、仲良くならなければ、話してみなければわからない。

埋め尽くされたある一つの観念によって、僕は道ゆく近づいてくる人、全員に萎縮してしまった。

誰も近付いてほしくない。
何をされるかわからない。
勝手に反応して、人を避ける。

ニューヨークという街で、たった一人が起こした行動で。
たとえ頭の中で違うとわかっていても、“同じような人”の可能性を一部考えておかなければいけない状態になってしまった。


それがすごく悲しかった。

わかっていても反応してしまう自分。

誰かにレイシストだと罵られるのだろうか。


本当に差別で問題なのは、無自覚のバイアスではなく、自覚しているのに囚われているバイアスなんだと思う。

Conciouse Bias

とても大きな、これからの差別問題に対するインサイトになりうるもの。

今はどうすれば良いかわからないけれど、ずっと考えていきたいなと思いながら、広い歩道を歩いていった──。



そのころ一方、堂福は昨晩から謎の蕁麻疹に身体を蝕まれていて、ブツブツとかではなく鎧のように新しい皮膚が浮き出ていた。

激しい始まりの4日目。


後編へ続く。



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