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青空文庫

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青空文庫で読める作品を紹介しています。
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本が私を育ててくれた 【読書エッセイ】

 母は他人の意見に流されやすい人だったので、子どもの頃、誰かが言っていたという理由で、自分には合わないことをあれこれやらされたものです。いつかひとこと言いたいと思いつつ、言ったことがないのは、「流されてくれて良かった!」と思うことがいくつかあるからです。  その一つが、祖母の家の近所にあった本屋さんのアドバイス。その本屋さんのアドバイスに従って、季節ごとに本を買ってくれたのです。今でもたまに話題になるようなロングセラー本が多かったのですが、どれも夢中で読みました。  母は本を

2024年4月読書記録 川端、太宰、ドストエフスキー

マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『その昔、N市では』(東京創元社・酒寄進一訳)  ドイツミステリーの翻訳者として有名な酒寄進一さんが編集した短編集です。日常に忍び寄る不安や孤独、悲しみ。それらの感情が引き起こす出来事を淡々と描く物語が多いです。リアリズムのまま幕を閉じる話もあれば、薄い壁を越えて、非現実の世界に向かう話もあります。  村上春樹さんの短編には、女性が主人公の作品もいくつかありますが、それと似た雰囲気の作品がこの短編集にはいくつかありました。女性の不穏な気分が世界

太宰治『右大臣実朝』 滅びを予感した悲劇の人

 『右大臣実朝』は太宰治の長編小説です。実朝って、地味な人ですよね。ネットの感想を見ても、『鎌倉殿の13人』関連で読んだという方がほとんど。  このドラマを観ていないので、ウィキをちらっと眺めたところ、三谷さんの解釈は、「現代の視点では、もうこれしかないだろう」というものでした。文書には残っていないので、歴史学的に「実朝には同性愛的傾向があった」とは書けないと思いますが、まだ二十代半ばなのに「実朝には後継ぎができない」前提で話が進んでいるわけですから。同性愛ではなくても、女

2024年3月 読書記録 川端、太宰、モリスン&マッカーシー

3月は海外文学を2冊、日本の作家では川端康成・牧野信一・太宰治の小説を読みました。 トニ・モリスン『ジャズ』(大社淑子訳・早川epi文庫)  モリスンの小説は、これまでに初期に書かれた『ソロモンの歌』と『ビラヴド』を読んだのですが、この二作に比べて『ジャズ』はとても読みやすかったです。タイトル通りに、リズム感のある音楽的・詩的な文章が続くので、休日に一気読みできました。読者を選ぶ小説だとは思いますが。愛についの小説なんですね。欠落を抱えた者や自分を見失った者が他者とのつな

太宰治『津軽』を読む

 日本の小説と縁が薄かったわりには、太宰治の小説はそれなりに読んできた方です。『人間失格』『斜陽』『富岳百景』など代表作を読んできたのに、『津軽』だけはなぜか読んでいませんでした。太宰が好きな知人が津軽を旅して、太宰の生家である斜陽館に行った話も聞いたのに、縁がありませんでした。  今回、津軽を読んで思うのは、太宰のファンだけでなく、私のように太宰を好きとは言いきれない者でも『津軽』は好きにならずにはいられないということです。太宰の魅力である優しさや繊細さ、ユーモアのセンス

2024年2月読書記録 川端、太宰、アメリカ

オルハン・パムク『雪』(宮下遼訳・ハヤカワepi文庫)  パムクはトルコの作家でノーベル文学賞受賞者です。  ノーベル文学賞をとった作家には去年のヨン・フォッセのように難解な作風の人もいますが、カズオ・イシグロのように読みやすい作家も少なくないです。パムクは、読みやすいタイプの作家だと思います。ミステリー的な要素や恋愛要素もある話なんですね。途中ちょっと中だるみがありますが、導入部とラスト三分の一ほどは続きが気になって一気読みしました(文学作品なので、すべての謎が解き明かさ

2024年1月読書記録 クンデラ、太宰、紫式部

 1月の読了本は6冊。川端康成の『山の音』については別途感想を書く予定です。 廣野由美子『批評理論入門「フランケンシュタイン」解剖講義』・『小説読解入門「ミドルマーチ」教養講義』(中公新書)  十九世紀の英国女性作家二人の小説『フランケンシュタイン』と『ミドルマーチ』を題材にして、小説をどう読めばいいか解説する新書です。  noteで書いている読書感想文の参考にしたいと考えて読んでみました。自分でも実践している読み方もありましたが、より深くより幅広い読み方を教えてもらえま

2023年12月 読書記録

 あけましておめでとうございます。  元旦の地震、大丈夫でしたか。もちろん、被災地の方々はnoteどころではありませんが、石川や富山以外でも余震の揺れが続き、怖い思いをしている方々がいらっしゃるようです。どうか無理をなさらずにお過ごし下さい。  さて、先月読んだ本、プルースト『失われた時を求めて』は先に記事を投稿しました。また、リディア・デイヴィス『話の終わり』は後で感想を書く予定です。 志賀直哉『暗夜行路』(講談社文庫)  作者唯一の長編。メインテーマはフィクションで

2023年11月読書記録 青空文庫で読む海外文学など

 脚本家の山田太一さんが亡くなりました。  山田さんのドラマで、リアルタイムで観たのは『ふぞろいの林檎たち』の3と4だけなのですが、林檎の1・2や『男たちの旅路』を再放送等で観て、とても感動しました。ふぞろい〜のテーマは今に通じるものがありますし、男たちの方は、鶴田浩二さんが何ともかっこ良く……。  また、大河ドラマ『獅子の時代』の脚本を高校時代に読んだことが、大学で日本史を学ぶ契機の一つになりました。  私にとっては、忘れがたい芸術家の一人です。  再放送やストリーミングで

2023年10月読書記録 青空文庫篇 プロ文と転向文学 

 去年の10月から青空文庫を読んでいます。長年海外の小説ばかり読んでいて、日本の近代文学といえば谷崎と芥川、あとは夏目漱石ぐらいしか読んでこなかったのですが、読んでみると面白い。自分の国の話なので、時代背景や地理もわかりやすいですし。海外文学と比べると、コンパクトな作品が多いのもいいですね。  年代順に読んで、今は昭和初期のプロレタリア文学と転向文学を読み終えたところです。 宮本百合子『道標』  『伸子』『二つの庭』から続く自伝小説の三作目です。伸子がパートナーである素子

2023年8月読書記録 17世紀のメタフィクション、子規の弟子

 今月は村上春樹さんの小説をまとめ読みしました。『ダンス・ダンス・ダンス』〜『アフターダーク』までの長編と、初期短編集『カンガルー日和』『回転木馬のデッド・ヒート』。これで長編は全部、短編も八割ぐらい読んだかな。村上さんの作品の感想は、また別に書く予定です。  それ以外では、三つの作品を読みました。 セルバンテス『ドン・キホーテ 前篇』(牛島信明訳 岩波文庫)  『源氏物語』を読むたび、千年以上前の作品なのに、これほど共感できるなんてと意外の念に打たれます。  海外の作品

『星の王子さま』

 お盆も、我が家はほぼ通常モード。旅行代わりに、帝国ホテルで『星の王子さま』アフタヌーンティーを食べました。  基本、感動系の物語は苦手なはずなのに、いくつか例外があって、例えば映画の『ショーシャンクの空に』なんて、好きすぎて海岸で最後のシーンを再現してしまったほどです(夫が船の修理をするアンディ、息子が鞄を持ったレッド役)。  サン=テグジュペリ作の小説『星の王子さま』も大好きな小説です。  色んな解釈ができる物語ですが、十代の頃読んだ説明が心に沁みついています。『星の

気になる青空文庫 明治篇

 青空文庫の作品、特に印象に残ったものは個別に感想文を書き、それ以外は毎月の読書記録に含めようと考えていたのですが、個別の感想文がなかなか進まない…。半年以上経つのに、二葉亭四迷『浮雲』・樋口一葉の短編・尾崎紅葉『金色夜叉』・国木田独歩『武蔵野』しか書けていません。  このままだと、内容を忘れていく一方なので、特に印象に残った作品をまとめて紹介したいと思います。  谷崎潤一郎と芥川龍之介だけは、私の中で別格の存在なので、また改めて書くつもりですが(いつになることやら)。 泉

2023年7月 読書記録 血の呪縛、毒親

プルースト『失われた時を求めて7 ソドムとゴモラ2』(井上究一郎訳・グーテンベルク21)  村上春樹さんの小説『1Q84』の主人公を真似て、寝る前に20ページずつ読んでいる作品です。去年9月の読書記録に第1巻の感想を書いたのに、あと3巻も残っている…。  ソドムとゴモラは聖書に出てくる都市の名前で、住民が同性愛行為を行ったために、神の怒りにふれて滅ぼされたとされます。  同性愛者だったプルーストが、同性愛を否定するような表現を使わなければならないことに、時代の制約を感じます