【創作】Last of Tanu #シロクマ文芸部
「子どもの日には、どこの柏餅を食べるの?」
居間のソファーに座った、たぬが訊く。たぬってさ。もう少しマシな名前をつけてくれればいいのに、物心ついた時には、たぬと呼ばれていた。どうせ、母さんが名付けたんだろう。母方のじいちゃんがUFOキャッチャーで獲ったぬいぐるみに。
託児所仲間の鎮雄はドナルドダックのぬいぐるみを持っていたからね。幼心にも、うちのたぬはしょぼいなと思ってた。思うというか、はっきり言ったんだけど、母さんに。ディズニーのぬいぐるみがほしいって。
今になって思うと、母さんは、太っ腹なところと締めるところがわりとはっきりしている。「この子は、今はぬいぐるみをほしがってるけど、すぐにもっと男の子っぽいおもちゃをほしがるようになるだろう」と計算したに違いない。ジェンダーバイアスかかりすぎだけど、昭和の人だし。で、男の子っぽいおもちゃをほしがるまで、たぬでしのごうと決めたわけだ。
「ディズニーのぬいぐるみなんか買ったら、たぬに失礼だよ」
「失礼?」
ぬいぐるみに失礼って、どういうことだろうと思った。そりゃ、捨てちゃうなら失礼かもしれないけど(じいちゃんに?)、別に捨てるつもりはなかった。
「だって、たぬはたぬ族の王子だよ」
「たぬ族?」
僕はたぬきのぬいぐるみを見た。どう見ても、ただのたぬき(のぬいぐるみ)だ。
「ウーキー族知ってるよね?」
母さんは、僕の質問に質問で返してきた。
「チューバッカの一族」
六歳児でも、チューバッカは知っていた。家でよくスターウォーズのDVDを観ていたからだ。
「それと同じで、たぬはたぬ族なの。Last of Tanu」
高校時代に光留おばさんと一緒にアメリカに留学したので、母さんはネイティブぽい発音ができる。その発音のせいで、さっきまでただのたぬきのぬいぐるみだと思っていたたぬまでが、妙に威厳を持ち始めた。
「ラ……たぬ?」
「ラスト・オブ・タヌ。最後のたぬ族ってこと。ほら、渉、発音してみて」
「ラスト・オブ・タヌ。ねえ、母さん、最後のたぬ族って、どういうこと?」
「たぬ族の最後の生き残りってこと。色々説があってね、どんぐり飢饉で滅んだとも言われるし、帝国に滅ぼされた説も……」
「帝国って、あの?」
「ダースヴェイダーがいる帝国だよ、もちろん。皇帝の統治能力がないから(戦闘能力は高いんだけど)、無駄なことを色々やってね。たぬ族みたいな平和な種族まで皆殺しにしちゃったの」
「かわいそうに、たぬ族……」
「でしょ。たぬはお母さんが岩陰に隠してくれたから、助かったらしいよ、でなきゃ、ただの飢饉の生き残りかもしれないけど。どっちにしろ、たぬ星から流れ流れてうちへ来たわけ」
地球のたぬきではなく、たぬ族。さらに、たぬ星まで。百%信じたわけじゃない。ただのぬいぐるみのたぬきじゃないかという気持ちもあった。でも、『トイストーリー』シリーズが大好きだった僕には、おもちゃが生きていると信じたい気持ちもあった。
何より、母さんは真面目な顔をしている。光留おばさん達とおしゃべりして楽しそうな時の顔よりは、会社の人と電話している時の顔に近かった。
あんなに真面目な顔で言うのだから、たぬはたぬ族の王子なのでは?
などと思ったのは、託児所にいた間だけ。小学校に入学した頃には、「たぬ族なんて族があるとしても、その王子がうちに来るわけがない」と思うようになった。それでも、たぬ族という族はあるかもしれないと思っていたのが間抜けだが。
だが、僕は敢えてたぬ族伝説を信じることにした。キャラ設定では、僕も負けていない。Last of Tanuとなったたぬ、うちにたどり着くまで苦難の道のりをたどったたぬは、その苦労の反動で稀代の美食家になったんだ、と僕は主張した。「たぬが◯◯を食べたがっている」と言って、おやつやら何やらをねだるためだ。
母さんは、食に関しては太っ腹なので、「ずいぶん贅沢なもの食べたがるね。さすが元たぬ族の王子だね」と言って、僕のリクエストを大抵聞いてくれた。以来、うちでは美食家であるたぬ元王子のために、日本のみならず世界の食を探求することになった。母さんだけでなく、父さんや光留おばさんもたぬ用の上級土産を買ってくる。この前は、朱莉ちゃんが「たぬ王子に」と言って、東京會舘のクッキー詰め合わせをくれた。「渉に東京會舘? 贅沢すぎ?」と迷っても、「たぬ王子が食べたがるよね」と思うと、財布の紐(スマホの紐か?)もゆるむのだろう。
光留おばさんと朱莉ちゃんは訳あって一時期うちで暮らしていたので、たぬ族の王子が家族の一員である我が家の家風に馴染んでいるのだ。
たぬについてはまだ語りたい話もあるし、朱莉ちゃんのクマにまつわる話もあるのだが、それはまたいつか。とりあえず、話を元に戻そう。--子どもの日にはどこの柏餅を食べるの? とたぬに訊かれたという話に。
「去年は、榮太郎の柏餅だっけ」
「こし餡、小倉餡、味噌餡とあったね、渉君」
「たぬは味噌餡が好きなんだよな、渋いな。小倉はよもぎ餅に入っていたっけ。そうだ、今年は小布施堂の柏餅はどうかな。確か、柏餅をやってたはず」
「栗が入ってるのかな」
「そりゃ、小布施堂だから。柏餅も栗餡じゃなきゃ」
「たぬ星では、どんぐりしか食べたことがなかったから、初めて栗を食べた時、なんて美味しいんだろうって思ったよ」
「どんぐりしか生えない星か……。帝国もバカだよな、そんな星に攻め入るなんて、何をしたかったんだ」
「ジェダイ候補の子どもを殺しに来たとか? 僕がその子どもなのかもしれないね。僕を守って、一族のみんなは……」
「たぬがジェダイ? なんのはなしですか」
こんな感じ。我が家の子どもの日は。
*
子どもの日の前日、5月4日はスターウォーズの日です。
シリーズの有名なセリフMay the Force be with you(フォースと共にあらんことを)にMay the Fourth(5月4日)をかけたダジャレ。今年は日本でも『スターウォーズ ファントム・メナス(エピソード1)』を各地の映画館で特別上映するそうです。
『スターウォーズ』と『The Last of us』、及び村上春樹さんの『品川猿』のオマージュ小説です。
シロクマ文芸部に参加しました。
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