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佳作・入選

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各公募 の佳作、入選
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記事一覧

笹舟

車内で女生徒が三人仲良く
英単語の暗記に余念がない
それぞれ順に出題されては
懐かしい単語が発音される
やがて指先がスペルを追う
淀みない草書が宙に顕れて
新体操のリボン演技のよう
混み始めて狭まった空間に
カリグラフィーが絡まる頃
タイミング良く駅に着いて
か細いスペルも彼女たちも
ひとかたまりに流れて行く
清流に浮かべた笹舟に似て

涼しい目もと
という表現の適格さを
あなたに逢って
初めて知った
翳つくる長い睫毛
見つめられるたび
風が渡る僕の草原
見晴るかす遥か
うねる波
緑の光がきらめいて
どこまでも続く

《眠り姫》

乗客のほとんどは若い女性で
しかも皆一様に
魔法にかけられたように
寝てしまっている
心地良さそうに眠り込んでいる
微かに傾き、俯き、仰向いて
窓から入ってくる微風に
揃って
髪や薄いスカートのはしをそよがせ
安らかに 寝入っている
触れて起こしても
もう、彼女たちは
目を覚まさないのかもしれない

こたえて

こたえて
くれなくて
いいんだ
ただ そこに
いてくれるだけで

わかってほしい
だけど
かんたんにわかるよと
いってほしく
ないんだ

ただ そこにいて
いてくれるだけで
いいんだ
木がそこにあるように


下降線

少年は家で
コンパスを使い
宿題の 垂線を引く

珈琲店にて

貴女が微笑んで
小首を傾げると
テーブル脇の
棚に置かれた
一輪挿しの水引草が
その髪にかかる

すぅーっと二本
きらめいてそれは
簪のよう

まだ間もない
二人の会話が
水引草に沿われるように
澪標を伝い
滑っていく

ときおり
ちらちらと
揺曳する
細かな紅に
照らされたりしながら

慰めの言葉もない
という言葉

苦しい
悲しいこころへ
寄り添えるのは
木々の葉裏を耀かせる風
単調に打ち寄せる波
滔々と流れ止まない瀬音

それでも
ひとは声を掛ける
霞む向こう岸へと
橋を架けるのにも似て

大丈夫か
残念でしたね
おつらかったでしょう

思いあふれて掛ける
少ない言葉にさへ
堪えきれず
橋は落下する

けれど
いつか中空に
雲より細く

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ハーダンガー刺繍

今から500年も昔のまだ16世紀。世界史では宗教改革の頃。北欧ノルウェーの南西部ハルダンゲルという土地で美しい透かし模様を持つクロスステッチが編み出された。
北の海に面し、雪と不毛の山々に囲われ寒風吹きすさぶ当時の荒れ地に、何故これほど繊細で静謐な美しさを湛えた刺繍が形作られていったのか。鎖されながらだからこそ想いは祈りのように豊かで、小さな家々の屋根を越え天上まで届き、ギフトとしてひとに

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カップル

結婚したとき
共通の友人から贈られた
コーヒーカップのふちが
かすかに欠けた
ペアの一方で
二人とも
長く愛用してきただけに
捨てがたく
そのまま使うことにした

愛の言葉も甘い囁きも
もう以前ほどには
交わされなかったが
ある日
ふと 気が付くと
食事のあとやお茶の時間
どちらがコーヒーを入れても
そのわずかに
ヒビの入ったカップは
入れた方の側に置かれ

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午睡(シエスタ)

返事も無いので
階下へ降りてみると
キッチンテーブルできみは
気持ち良さそうにうたた寝
家事からも
遊びに出かけていった
子供たちからも
しばし放たれて
網戸からの細かな風に
髪とエプロンのはしを
そよがせている
忙しさにかまけて
近頃とんと
遠出もしてない僕たち
夢に運ばれて彼女は
何処まで出かけられて
いるだろう

お爺さんが孫と
歩いていく
緩やかな足取りで
ともに少し覚束ない
補い合って
そっと繋ぐ手
書き込みの多い手には
真新しい手が
眩しくて
忘れかけの
唱歌など
歌い出していく

ひかりを編むように
母は児に
セーターを編んだ
そのセーターに包まれて
児は秋の日を遊び
いま
母の胸に抱かれて眠る
陽の透く幼い耳朶に
届けられた音たちも
いまは
母の鼓動
ひとつに還って