1秒の油断を背負って

 このツイートを見た時、ふと大学3年の箱根予選会から1年間の事を思い出しました。見苦しいかもしれませんが、読んでいただけたら嬉しいです。

 正直、3年の箱根駅伝予選会は通過すると思っていました。いや、思っていたというより、突破したいと強く願っていました。20キロのロードレース1発勝負。何が起きるか分からない。ネットの下馬評なんか当てにならない。国士舘は厳しいなんて言われてるけど、そんな世間体なんて関係ない。そういう強気な考えが、自分の中にありました。個人的な所になると、当時駅伝主務の先輩に色々お世話になり、まだ一緒に活動したいって思っていた部分もあり、予選会で終わりたくない。そんな考えもありました。

 結果的には、予選会を敗退しました。11位で、10位まで後10秒。発表された時、何が起きたのかよく分かりませんでした。競技場の研究室に戻って、荷物の整理が終わり、だんだん実感が湧いてきました。近くのコンビニに、マネージャーみんなで歩いて向かう途中で急に悔しさがMAXになり、とてもナーバスになりました。

 その後、チームが新体制となり、スローガンも決まりました。「1秒の油断」。寮の玄関に貼ってありまして、卒業してから、箱根駅伝の手伝いに行った時も、貼ってありました。それから1年間、この「1秒の油断」を1年間背負う事。その重さに、チームは耐え、全日本大学駅伝に出場し、箱根駅伝予選会も突破しました。

 自分個人としては、「1秒の油断」のスローガンに押しつぶされる事はあまりありませんでした。ですが、マネージャーとして、チームの一員として、必ず予選会突破したい気持ちは強かったです。新体制になってから、自己ベストを更新する選手が多く、チーム全体が一つの方向に向かっている気がしました。

 そして、1年後の箱根駅伝予選会。チームは9位で予選会を見事に突破しました。気候は10月の割に暑く、不安になりましたが、選手が100%のパフォーマンスの発揮してくれました。後で知ったのですが、マネージャーの自分が、少しテレビに映ってたみたいで、恥ずかしかったです。恥ずかしかったですけど、チームの一員としてあの場所に居たことを、誇りに思います。

 1年間、悔しい思いを抱えて過ごす事は簡単な事ではありません。予選会敗退の時、自分は涙を流す事が出来ませんでした。夏あんなに頑張ったのに報われないの?神様?どうして?っていう、何故の感情が強く、1年後リベンジするなんて考えは思いつかなかったです。それでも、リベンジの機会は訪れます。時間は無常に進みます。最後のチャンスを逃したら先輩方の分まで、1年越しのリベンジの果たせたのは、1年間この悔しさを、選手、マネージャー、監督、コーチ、関わる全ての人が持ってたから出来たのかなと、思います。

 
 

#あの失敗があったから

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