【連載小説⑨‐4】 春に成る/オムライス
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オムライス(4)
「お待たせしました、敬の美味しいオムライスを食べたことのある遥さんに食べてもらうのは、緊張してしまいますね」
イタズラっぽくマスターが笑うと、またベルが鳴り、大学生くらいの真面目そうな男性が来店した。私とは真逆の一番奥のカウンター席に座り、マスターに注文すると、鞄からノートを取り出して勉強モードに突入した。マスターの笑顔みたいに、ホワホワしたタマゴを運ぶと、じわっと、体が温かくなる。
「ん、美味しい……!」
敬のオムライスと同じだけど、同じじゃない不思議な感覚。オムライスに満たされて、なんだか感謝したくなった。
「マスター、すっごく美味しかったです!」
「ふふ、それは何よりです。そろそろ、お友達が来る頃ですかね?」
その時、ベルが鳴ったので流果だと思って振り向くと、大きな海外からのお客さんだった。荷物も体も大きく、怖い感じがしたが、滑らかに日本語を話す姿を見て、その気持は消えた。たくさん勉強したんだろうなと、ぼんやり見ていると、もう一つの空いている奥の席に座り、ホッと一息ついていたので何だか微笑ましくなった時、軽やかにベルが鳴った。
「ハル、早いね」
昼のベルに流果が来た。思わず笑顔で名前を呼んで、立ち上がる。今日は、流果はメガネを掛けていた。いつもと雰囲気が変わってはいるものの、綺麗さは相変わらずだ。
「マスター、さっき話してた、友達の流果です。流果、お昼の『ベル』のマスターです」
メガネの中の目を少し大きくしてマスターをよりしっかり見ようとしているみたいだった。そして、笑顔で挨拶をした。
「はじめまして、敬さんと遥さんと仲良くさせてもらってます。流果です。いつも二人には、お世話になってます」
私は何もお世話なんてできていないのに、大人だ。
「敬の父です。遥さんのことも勝手に娘のように思っているんです。なので、二人と仲良くしてくれて、ありがとう。流果さんも、今日はゆっくりして行って下さいね」
さっきのホワホワしたタマゴにでも包まれたような気分になる。マスターが家族のように思ってるって言ってくれた! 嘘でも嬉しい。
「席取っておいたよ」
カウンターの二つ並ぶ席を指す。初めて会った時、空けた空間は今はない。流果はもともと人との距離が近い人だと思う。だけど、初めに少し距離を取った事で、不必要に距離を詰めてくる事はなかった。逆に私が不意に近づいてしまっても、距離を取る事もなかった。私にはそれが優しさに思えた。
「もう何か頼んだ?」
「飲み物は、これから。いつもはお任せでお願いしてるんだよ」
「飲み物はって……ご飯食べてたの?」
「うん、急にオムライス食べたくなって」
「ふふ、そうなんだ。それじゃあ、誘ってくれれば良かったのに」
「うん、今度からそうする」
「飲み物は、僕もお任せにしようかな」
「夜の『ベル』とは少し雰囲気変わるね。昼のこの雰囲気もいいね」
私が到着してから、時々来てるおじいちゃん、近所のオバちゃん三人組、真面目そうな男子大学生、大きな荷物を持った海外からの大きな男性のお客さんが来店している。
「そうだね、こうして改めて見ると、いろんなお客さんがいるから、みんなに手に取ってもらいやすいものって難しいね」
顎に手を当てながら、周りを見渡していると、マスターの柔らかい声が聞こえた。
「お待たせしました」
「ありがとうございます、良い香りですね」
流果が同じように柔らかい笑顔でお礼を言う。二つ並ぶカップから、良い香りが運ばれてきて、ホッとする。
「ハル、珈琲飲んで何を感じたか、同時に言ってみない? ほら、星とかのやつ」
「え! うん、やりたい、面白そう!」
二人で、珈琲を口に運んで、目を瞑る。強すぎない、向かい風を感じた。その先の景色は、分からなかった。
目を開いて、見合わせ、息を合わせて口を開く。
「向かい風」
「緩やかな、そよ風」
二人で、目を大きくしてから、笑う。
「二人とも風だね」
「ふふ、風の珈琲か」
そんなやり取りを、マスターは、少し離れたところから微笑んで見守る。
「いっそ、色々感じる景色を、そのまま形にするとかも面白そうだよね。森なら木とか、風は難しいけど、羽根とかでも良いかも」
「形……そっか、四角のパッケージじゃないといけないってことはないんだね。万人受けだと、柄とかは入れずに、イメージに近い色だけとかになっちゃうかなって思ってた」
「色は大事だね……この前、ハルは作り直す事、謝ってくれたけど、僕は色々考えたり作ったりするの好きだからさ。何度作り直しても良いし、むしろもっと自由に、たくさん考えて作りたいって思ってるよ」
『緩やかな、そよ風』って流果みたい。いつも優しく、いろんなことを知らせたり、教えてくれる。もう一口、珈琲を運んでみた。いつか、私もこの珈琲を飲んで『緩やかな、そよ風』を感じる時が来るかな。
「アメイジング! あなたのコーヒー、とっても、本当に、デリシャス! 家族に送ってあげたいくらいです! ありがとう!」
奥のテーブル席にいた海外の男性が、お会計の時に、マスターに嬉しそうに感想を伝えていたのに、心の中で賛同していた。そうそう、私も両親に贈ってあげたいって思ったもん……でもこの人の家族はきっと遠くにいるだろうから、本当に送ってあげたいよね。ドリップ珈琲が完成してたら、この人の家族にも届けられたかもしれない。
……あ!
その大きなお客さんの、大きな荷物が、私の鞄に当たって、鞄の中身が床にパっと広がった音だけ、聞こえた気がした。
「オー! カバン、ごめんね」
「あ……大丈夫ですよ」
流果が答えながら、そのお客さんと、鞄の中身を拾ってくれていたようだ。パッケージのイメージが浮かんだ事が嬉しくて、鞄の事が目に入っていなかった。流果はお客さんを見送り、向き直る。
「中身、適当に入れちゃったけど……」
「流果! 切手! 切手の形にしたらどうかな?」
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※「オムライス」は絵が3枚あります。
※見出し画像は、shin_morishita様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。
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