【連載小説⑩‐1】 春に成る/ビーフシチュー
※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ
ビーフシチュー(1)
「見過ぎだろ」
「だって、私達が考えたものが、実際商品になってるんだよ。何度も見るでしょ」
レジ横に、ちょこんと並んでいる、切手型のドリップ珈琲。流果の手によって、あの時想像したものより、何百倍も素敵になった。
「昨日だっけ? それに気づいたバーのお客さんに、めっちゃ宣伝して、買ってもらってたよね?」
コロコロと笑うのは、いつもの流果。あの雨の日、敬と一緒にどこかへ行ってしまったけど、次にあった時は、何もなかったかのように、いつも通りだった。だから、仕事が立て込んでて、疲れていたのだと、思い込むことにしていた。
敬から、雨の日、平気だったか聞かれて、平気だったことは伝えたけど、その後、何か話をしかけて、お客さんが来店して、それきりだった。その敬は、現在、ドリップ珈琲を強めに勧めた話を聞いて、眼差しが冷えていた。不機嫌になり始めると、周りの空気がドロドロするから、そうなる前に、話題を逸そう。
「そうそう、ノンアルもちょっとずつ増えたよね。この前、ギムレットのノンアルができて、瑛二さんと飲めて楽しかったな」
「……ノンアルは増やしてるけどな、客層が変わらねぇから、ほぼハルだけだよな、飲んでんの」
「うーん、SNSとかで宣伝してみる? 一応、アカウントは作ったよね?」
流果がPCを起こして確認する。
「あ、女性のお客さんが、ほとんどいないから、増やしたいよね」
「あ〜ダメダメ、女性増やすと、流果がすーぐ言い寄られたり、取り合われたりして、流果も敬も不機嫌になるし、結局、追い出されて終わりなんだよねぇ」
急に聞き慣れた声が混じって、声がした方に全員の目線が集まる。
「瑛二……まだ開店前だぞ」
「いいじゃん、仲間に入れろよ〜」
「あ、ちなみにそれに関しては、なんとかなるかもしれないから、大丈夫。それよりお客さん増やす方が大事でしょ。ところで、どんな感じで載せる? 女性客呼ぶなら、写真とかは入れた方がいいね」
「可愛く装飾した飲み物の写真じゃね?」
ナチュラルに瑛二さんが参加しているが、最早、誰もツッコまなかった。
「……あのさ、敬の写真は?」
「はぁ? 何でだよ」
「最初会った時、怖いって思ったけど、すごく色々考えてくれてて、実は優しいでしょ。お酒慣れてない子とかだと特に、そうやって考えてくれたり、酔っ払ったお客さんから守ってくれたりするのって、安心できる良いお店だと思うんだよね。だから怖い顔を逆手に取って『お店守ってます』って感じで宣伝するのは?」
「ぷぷ、怖い顔って言われてやんの。あ、でも前に、ドア開けた女の人が、敬見てすぐ閉めて帰った事あったよな? 最初に分かってるのはいいんじゃね?」
「うん、僕も宣伝として、面白いと思う」
私達の視線が、敬に一斉に集中した。
***
「ハルがあんな提案するってことは……まだ話してないんだな」
二人になった店内で、俺の返事を待つことなく瑛二は続けた。
「驚いたのは、流果がその提案を受けたことだけど……あれからどう?」
「……見てる限り、今まで通り」
「今まで通り」に安堵と心配が入り交じる。あれから流果とハルが二人にならないよう、なっても目の届くところにいられるようにしてる。
ずっと、流果のこと分かってる気でいた。渦巻くいろんな感情が、うまく整理できない。
***
翌日、いつもより綺麗な音でベルが鳴り、派手めな女性が二人来店した。
「いらっしゃいませ!」
「あ、本当に写真のままじゃん! こんばんは〜、バーテンダーさん」
「こういう顔、好みなんだよねぇ。ねぇねぇオススメ教えてよ〜」
華麗に私をスルーして、敬の目の前の席を陣取る。流果はメガネを掛けて、目立たないように、いつも賄いを食べる時の一番端っこの席に静かに座っているが、一瞥した時の視線が、怖かった気がした。敬はいつものように淡々と対応していたが、それがまた良いらしく、彼女たちは盛り上がっていた。
お酒が入り、ヒートアップした彼女達は、お酒を提供した時の敬の手を取り、引き寄せた。敬の眉間に皺が寄り、やめるように言いながら離したが、彼女達の攻撃は続く。
「今度さぁ、一緒に遊んでよ〜」
「ねぇ、バーテンダーじゃなくて、僕と遊んでよ」
いつの間にか、メガネを取って、彼女達の隣に座って微笑む流果。彼女達の目の色が代わり、標的も変わる。
「え〜、お兄さんキレイだねぇ。遊ぶぅ〜」
酔っているのか、いないのか、そのまま抱きつき、流果は手慣れた様子で、彼女の腰を抱いて応えた。
「おい! ウチの店で、そういうことすんなら、出て行け!」
※「ビーフシチュー」が途中である為、絵は次回掲載します。
※「ビーフシチュー」は絵が2枚あります。
※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ
※見出し画像は、シロトナカイの素人な会様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?