【連載小説⑩‐3】 春に成る/ビーフシチュー
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ビーフシチュー(3)
「何だと? いい気になりやがって!」
「流果!」
慌てて間に入って、男性を少し離す。
「あの……」
「うるせぇ!」
いとも簡単に振り払われて、コンクリートの上に転がった。どうしよう、どうしよう、咄嗟についた手が熱を持ち、心臓の音が頭に響く。力じゃ敵わない、怖い!
記憶の中の流果が笑顔で『ハル』と呼ぶ。
ダメ、このままじゃ流果が! 慌てて起き上がると、驚いたような表情で私を見ている流果と、流果を今にも殴りそうな勢いで、何かを叫んでいる男性。唇を結んで、再び止めに入ろうとする私の腕を、もう一人の男性が掴み、歪んだ笑顔を見せる。
どうしよう、この人達にも、きっと言葉は届かない。
「おい! 何やってんだ!」
一際大きな声がした方を見た全員が、一歩後ずさった。ピリピリした殺意を発しながら睨み、手に何か光るものを持って、ドロドロと沸騰したような黒いオーラを纏って近づいて来る敬。
「……もういい、行くぞ!」
慌てて逃げる二人を見て、力が抜けてへたりこんだ。
「ハル! 流果!」
「けい……」
手にお玉を持った敬と目が合って、ちゃんと声を受け取ってくれることが分かると、いつも睨んでるみたいで怖いと思ってたはずの目なのに、すごく安心してしまった。
「……流果!」
振り返ると、呆然と立ち尽くす、流果。
「怪我はない……?」
「怪我してんのは、お前だろ。とりあえず店に戻るぞ……流果! 戻るぞ!」
「……敬」
敬の声で、目に光が戻った気がした。
***
胸ぐらを掴まれた流果が、また全てを諦めたような目をしていて、動けなくなった。
初めて来店した時もそうだった。光を失った瞳が、彼女にそっくりで気になったから、よく覚えている。
「お酒を飲むと、お父さんはお父さんじゃなくなるの」
同じ瞳でそう言った彼女は、その『酒を飲んだ父親』のせいでこの世を去った。
その日から、何もかも……感情さえ封じ込めて、叶えたいこと以外見ないようにして、きっと似たような瞳で生きてきた。
せめて流果には、そんな瞳のままでいてほしくないと思っていたのに……俺は今も、分かってるつもり、何かできてるつもりでいただけで、結局何もできてないのか?
「流果!」
ハルが飛び出して倒された時、ようやく体がピクリと反応した。
流果を視界に捉え、また立ち上がった時の、ハルの真っ直ぐな目。
初めて店に来た時も、そうだった。散々ビビってたくせに、思ってることを伝えてきた。俺らとは逆の、あの目で。怖いのに、落ち込むのに、いつも何とかしようと藻掻く。それは、店を、親父を、流果を、俺を想って動こうとしてんだって、もう分かってる。
それが、流果を、俺を少しずつ変えてきたことも。
流果の瞳が大きくなってハルを映した。
流果に向かって酔っ払いが拳を振りかぶったのと、ハルの手をもう一人の酔っ払いが掴んだのは、ほぼ同時だった。
その瞬間、いろんな感情が噴き出して、血が沸騰してるような感覚になって、叫んでいた。
ぐちゃぐちゃに渦巻く感情のまま、勝手に動く体。
なんでなんだろうな……「どうでもよくない奴」なんて、もうつくらないって決めてたはずだったのに。
※「ビーフシチュー」が途中である為、絵は次回掲載します。
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※見出し画像は、Y様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。
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