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【連載小説⑨‐6】 春に成る/オムライス


< 前回までのあらすじ >

流果と昼の『ベル』でドリップ珈琲について話し合った遥。店を出ると、止んでいた雨がまた降り出し、傘がない二人は、公園の屋根のあるベンチに避難した。
一方、敬は瑛二が前に言っていた言葉を思い出す。

春に成る/オムライス

※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ

オムライス(6)


ベンチに座ってから、ずっと黙ったまま、どこか悲しく、苦しそうに、降りしきる雨を眺めている流果るか

思わず、背中に手を当てて、さする。

「……何?」

冷たく、温度のない目と音は、流果じゃないみたいで、慌てて手を離す。いきなり触って嫌な気持ちにさせたのかもしれない。

「あ……ごめん。なんか、ちょっと苦しそうに見えて……。あの、小さい頃におじいちゃんが入院しててね、お見舞いに行っても、何もできなくて悲しいって思ってた時に、看護婦さんに教えてもらったんだ。痛かったり苦しい時に、手を当ててあげたり、さすってあげると和らぐよって。だから手当てって言うんだよって。だから、友達とか周りの人がそうなってると、何かしたくて、今みたい体が動いちゃうんだけど……ビックリするよね」

無言のまま、じっと何かを見定めるようにしていたけど、そのまま、また雨を眺めた。どうしたんだろう、公園に来てからなんだか変。いつもの流果じゃない。

雨の音だけが、冷たく私達を包んだ。何かと闘うかのように、眉を寄せている流果を眺めることしかできず、行き場のない手の平を見つめていると、手の平が、黒く染まった。

「ねぇ、ハル」

ふわりと香る甘さ。形だけは、いつもと同じ笑顔なのに、目に光がなく、真っ黒な感じがした。

「どこか別の場所に雨宿り、しに行こう?」

甘く誘うように、美しく微笑む姿は、なんだか怖いような、でも、折れてしまいそうにも感じて、支えたいような気持ちもあった。

いや、甘く誘うって……ありえない。だって流果はけいのことが好きなのに。そう思う私を他所に、流果は私の手をそっと握って、もう一度名前を呼んだ。真っ黒な瞳には、誰も映っていないみたいで、この問いかけに『行く』と言っても『行かない』と言ってもダメなような気がした。

「……流果? どうしたの?」

甘い香りが、一層強くなる。肩に、流果の顔が埋められていた。

「……もう……疲れた」

驚いて心臓が跳ねた私が何か発する前に、消え入りそうな呟きが届く。背中に手を当てたい衝動に駆られるけど、何故か今は触れたらダメだと、脳内でサイレンが鳴っている。だけど、どんどん甘い香りに満たされて、どうしていいか、分からなくなる。

ベンチが音を立てて振動する。私のディスプレイに『敬』の文字が浮かび上がる。
流果も、それを確認して、私から離れた。

「ハル! 今日、親父の店、行く日だったよな? 流果とはまだ一緒か?」

切羽詰まった敬の声が、答えを急かす。

「え……うん。『ベル』の近くの公園で、流果と雨宿りしてるよ」

「ああ、あそこか。分かった、すぐ行くから動くなよ」

「流果。敬が、今から行くから、待ってろって」

「……うん」

自分の手の平を見つめたまま、空虚な返事を返して、距離を縮めることも、目を合わすこともなく止まる時間。私達は、しばらく雨の音を聞いていた。

***

なんで?
どうして?


いろんな感情が渦巻いたまま、いつの間にかケイの家にいた。

いろいろ言いたいことがあるはずのケイは、黙ったまま、飲めと言わんばかりに水を置いた。

会いたかった。
会いたくなかった。

チグハグなまま、動くことができずにいるボクを、ただ見ているケイ。

沈黙を破ったのは、息を切らして入ってきたエイジだった。

「流果! ハル……ハルにも、いつもみたいにしようとしてたんじゃないよな!?」

勢いよく入ってくるなり、そのままボクに詰め寄る。エイジの身体がテーブルに当たって、ケイが用意した水が揺れた。

「……だったら、何?」

「っ、ハルはお前のこと、友達だって言ってたんだぞ……! それに流果だって」

「うるさい! だから何!? ハルだって同じだろ! 同じはず……ハルなんて……なのに……なんで」

ハルだってあの人と同じ「女」だ。
一緒にいた時間があった分、どう誘導すればいいか分かってて、今までで一番カンタンなはずだったのに。何一つ思った通りに動けなかった。

両手で視界を塞いで、さっきのことを思い出す。背中にあてられた温度を何度も突っぱねるのに消えない。あのまま、ケイが来なかったら、思惑通り進められた? 何で断言できない? そもそもケイに会う予定じゃなかった。ケイには知らせないつもりだったことが、たくさんあった。

「……なんで……来たんだよ」

思わず、漏れてしまった声には、すぐ反応があった。

「どうでもいいと思ってねぇからだよ。ハルのことも、お前のことも」

ピンと張られた声に思わず顔を上げると、ケイは真っ直ぐにボクを貫いた。

……だから、嫌だったんだ。
……だから、好きになったんだ。

⑨‐3 Omelette rice


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※「オムライス」は絵が3枚あります。

※見出し画像は、田持らぼ様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。

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