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【連載小説⑨‐2】 春に成る/オムライス


< 前回までのあらすじ >

敬から取引の為に、賄いを出すから店で働かないか提案される。今まで渋々取引してくれたんじゃないかという誤解が解け、マスターのことを怒っていることも誤解だと分かったけど、誤解されたままでいいという敬。

春に成る/オムライス

※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ

オムライス(2)


「け……いらっしゃいませ!」

けいと話しを続けたかったけど、いつものベルの音に遮られた。

「あっれ〜? バイト入れたの?」

雰囲気と同じような、緩やかなパーマがかかったツーブロックヘアの男性が、ゆるゆると入って来た。

「まあな……何する?」

「ん〜、ギムレットかなぁ」

一瞬、敬の時間が止まった気がしたけど、すぐにライムを音も無く綺麗にカットし、優しく絞り始めた。

「あ、俺、瑛二えいじ。敬の親友で、店の常連だから。よろしく」

「バイトの、佐藤はるかです。宜しくお願いします!」

「あはは、なんか新入社員みたいじゃん。バーでフルネームで自己紹介なんてしなくっていいよ。あ、流果るかは知ってんの? 遥が入ったこと」

いきなり呼び捨てできる人だ! こんなフレンドリーな人が、敬の友達なんだ……。さっきの絞ったライム・ジュースやお酒を手際よく調合し、味を見ながら敬が答える。

「知ってるも何も、勧めたのアイツ」

「え、嘘! 流果が? だって、同じ女連れてたの見たことな……いやいや、ちゃんとした彼女できたんだ? 今までは、ココに女来させるのなんて、絶対嫌! って感じだったけど、そっか、良かった良かった」

えええ、敬の前でそんなこと言って良いんだろうかと焦る私を意に介さず、シェイクし始める敬は、とてもイキイキしてる。瑛二さん、何か誤解して完結させてるし、とりあえず、誤解、解かないと!

「あの、流果とは友達です!」

「ともだちぃ? あの流果と? それって」

「とりあえず、飲め」

カクテルグラスの中で、淡く緑色放つ。

「ギムレット……」

覚えようとして、思わず漏れた声に、瑛二さんがニコリと笑って反応した。

「ギムレット、飲んだことないんだ? あ、奢ってあげよっか?」

「ハルはあんま飲めねぇし、まだ……」

「えー! あんま飲めないのに、バーでバイトなの? 何で?」

「……前に話した、ノンアルの提案した客がハルなんだよ。そこから色々あってな」

「……ああ……あの時の」

それまで、陽気に話していた瑛二さんに、雲がかかったような気がした。もしかして、あの時の……怒ってる?

「あの! あの時はぶつかってしまって、すみませんでした!」

まんまるの目で、少し止まった後、微かに笑いながら答えてくれた。

「え、ああ、もう忘れてたし、気にしなくていいよ……もしかして、ハルにも、彼女と来店する話しちゃった?」

無言で、手を止めた敬を見て、肯定だと受け取り、大きく息を吸い込んでから、手を前に合わせた。

「ごめん、二人共! 振られた! ……意気込んで、ノンアルが完成したら、プロポーズするとまで言っといて、ほんとダサいけど」

「ええええええ!」

「ハル、落ち着け」

「いや、落ち着いてられなくてさぁ……もうほんと、飲まないとやってられない!」

全部忘れたいとでもいうように、ギムレットを飲み干す。敬は、そんな瑛二さんに言葉を掛けることもなく、再び何かをシェイクしていた。こういう時、どう声を掛けて良いか分からない。流果が居てくれたら、きっと優しい言葉で、慰めれただろうけど。

「……今日はもう、とにかく飲むから!」

何かを撥ね退けるように宣言する瑛二さんの目の前に、蝶が舞い降りたように置かれたお酒。

「奢る」

「敬……」

小さなグラスに、ライムを引っ掛けた白いお酒を見つめて、呟いた後、笑顔になる。

「ありがとな……ハル、ダイキリは知ってんの?」

「それ、ダイキリっていうお酒なんですね、覚えます!」

「まだまだだな〜。ちなみに、カクテル言葉は『希望』だから、落ち込んでる俺には、ピッタリってわけだ」

「自分で言うのかよ」

「あの〜、カクテル言葉って何ですか?」

「ああ、そうだよな! ほら、何なのか教えて欲しいってさ」

そう言って、ダイキリを含む。

「丸投げかよ……まぁ、花言葉みたいなもんだ。瑛二みたいに、そういうの気にする奴は気にするからな」

「へぇぇ、一つ一つカクテルに言葉があるなんて、素敵ですね」

「素敵だろぉ。だからこそ、ココで……敬の作ったノンアルで……っよし、どんどん飲むぞ! 次、カルフォルニアレモネードな!」

元気良く叫んだ声と同時に、いつもの音が来客を報せた。

「いらっしゃいませ!」

「お、ビックリした。新しい店員……?」

真面目そうな中年男性が、不思議そうに私を視界に入れた。

「はい、遥です、宜しくお願いします」

無言で会釈をするおじさん。

「あ、おじちゃ〜ん! お疲れ」

瑛二さんを視界に映したおじさんの顔が、パッと華やいだ。

「瑛ちゃん、お疲れ」

「ちょっと聞いてよ〜、彼女に振られちゃってさぁ」

それから、瑛二さんは、おじさんと飲みながら滔々と彼女の話をしていた。

「ハル、こっちで休憩ついでに、飯食え」

瑛二さん達が座っている方とは逆の、端っこの席に座ると、ジグザグにケチャップを掛けられたオムライスと、グラスに入った赤い飲み物が出てきた。

「それ、この前試飲してもらうはずだったノンアルのキールな。良ければ店に出すから」

そっか、瑛二さんの彼女には出せなくなっちゃったけど、ノンアルはお店に出してくれるんだ。乾いた体に駆け巡っていく赤は、さっぱりと疲れを取ってくれたような感覚になって、自然と頬が緩んだ。

「美味しい……」

そういえば、キールのカクテル言葉って何だろう? 何となく気になって、出した検索結果は『最高の出会い』だった。もし瑛二さんと彼女に飲んでもらえてたら、喜んでくれただろうな。敬がこういうの意識するのは意外っていうか……プロなんだなぁ。

ふわふわと、柔らかいタマゴ達を掬って、ふと、食べたことはないけど、昼の『ベル』にもオムライスがあったことを思い出した。飛び込んで来た柔らかさは、私をまるごと包み込み『お疲れ』と言ってくれてるよう。タマゴもご飯も、なんだか歓迎してくれてるような感じがした。

「敬!」

「な、何だよ」

「すっごい美味しいんだけど」

「……そうかよ。わざわざ呼ぶなよ」

「いや、思ったことは伝えなきゃでしょ? ねぇ、メニューに入れないの? 本当に美味しい。流果にも食べてもらいたい」

「……これは俺のメニューじゃねぇしな。もういいから、さっさと食え」

もしかして、マスターの? やっぱり、敬はマスターのこと、ちゃんと想ってるよね。それがちゃんと伝わってほしいと、強く思った。

もう一つ、強く思ったことがある。マスターや敬が言う『楽しむ』は思っていた『楽しむ』と少し違った。もっと真剣で全力で、もっと楽しいんだ。今日、店員として敬を見ていて、そう思った。ドリンクにも、食べ物にも、想いが詰まってる。言葉にはあんまりしないけど、作るものから伝わってくる。だから、マスターの珈琲もあんなに美味しいのかな。私も『ベル』で楽しみたい。

あれから、何度か夜の『ベル』を手伝って分かったことがある。敬は、何かあるのに何も言わなかったり、気を遣ったりすると、ちょっと不機嫌になってしまう。逆に、思ったことを伝えるなら、ちょっと失礼になっても、不機嫌になることはなかった。『思ったことは言え』という主張は、最初から変わらない。敬も、言葉は選ばずに言いたいことは言うから、お互いそうなっていく。

***

「おい、大丈夫なのかよ、流果」

ハルがいなくなった時、瑛二が少し眉間に皺を寄せて、心配そうな声を出した。

「ああ……まぁ、見てて何かありそうなら、何とかする」

「敬は、見たことないからさぁ……まぁ、けど……敬がいるなら、大丈夫か」

いつもより飲んでいる瑛二は、安心したのか少し瞼を落として眠たそうな顔をつくった。


⑨‐1 Omelette rice

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※「オムライス」は絵が3枚あります。

※見出し画像は、ちょんまげネコ様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。


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