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読書ノート 「一冊でわかる プラトン」 ジュリア・アナス 大草輝政訳

 「本書は、対話篇という形式がもつ意味を丁寧に解きほぐし、プラトンの著作を読むさいの注意点をわかりやすく示す」とされる。

 ジュリア・アナスはアリゾナ大学古典哲学教授。解説の中畑正志がアナスのことを「彼女」と読んでいるので女性であろう。

 『ソクラテスの弁明』を皮切りに、我々はプラトンの著作を読み進めるとき、至極素朴な疑問にぶつかる。それは「何故、プラトンは対話という形式を取り続けるのだろう」ということだ。思想を説明するならもっと効果的な形式があるのだが、プラトンは一貫として対話形式を取る。その理由を考えずにプラトンの思想を形骸化してまとめ上げようとする哲学史家を林達夫は憤りとともに批判する。

 あらためて問う。「何故プラトンはその著作に対話篇という形式を選んだのか


 以前、「ギリシア哲学史」で納富信留が指摘した通り、プラトンは実は自分の思想の一番大事な部分を書き残さなかったという疑いが上がっている。「19世紀初頭に「プラトン著作集」をドイツ語訳したシュライアーマッハーは対話篇にのみプラトン哲学を求める姿勢を打ち出したが、20世紀後半にドイツのテュービンゲン大学やイタリアのミラノ・カトリック大学の研究者たちがそれに反対して、『パイドロス』と『第七書簡』を典拠にして「不文の教説」を中心に置く体系的解釈を展開した。テュービンゲン・ミラノ学派では、プラトンは完全な哲学理論体系を備えていたが、最も大切な教義は口頭でのみ伝え、対話篇にはあえて書かなかったという「秘教的」解釈が示された」(『ギリシア哲学史』納富信留)


「プラトンは、私たちを、彼との議論に巻き込むようにして作品を書く。と同時に、またプラトンは折にふれて哲学的な主張をおこなうのであり、その主張の大胆さや想像力豊かな表現方法に敵うものはほとんどなかった」とアナスは言う。「彼は議論すること、大胆な見解を提示することのいずれにも旺盛な関心が」あったのだ。


  • 「プラトン」はあだ名で、本名は「アリストクレス」という説。「プラトン」とは「幅広い(platus)」を意味する。

  • 父はアリストン、母はペリクティオネ。プラトン一家は政治家ソロンの末裔。『国家』に登場するグラウコンとアデイマントスは兄弟。

  • 超人的なプラトンは、半神(アポロンの息子)と言われた。

  • プラトンは生涯結婚をしなかった。プラトンはホモセクシャル的な器質が窺える。

  • プラトンはアカデメイアを創設した。

  • プラトンの著作におけるソクラテスは様々な配役を務めている。あるときは他者の見解をしつこく問いただす、あるときは自説を滔々と述べる、あるときは傍観者に徹する。

  • 対話篇は「ドラマ的」「文学的」

  • プラトンは「登場人物の見解から、距離をおいている」

  • プラトンは、自身の意見を言わない。登場しない。

  • プラトンは、自身の見解を「プラトンという権威」をかさに切ることによって披瀝し、読者がそれを甘受してしまうことをひどく嫌がるのである。

  • プラトンは、自身の見解を提示することと、読者に自分で理解に至ってもらうことを分けておきたかった。

  • プラトンは、想像力や創造力が独自の価値を持つという考え方を拒否する。「善なるもの」が価値を決めるという悪名高い考えのひとつ。

  • キリスト教徒はプラトンの全体を見ない。プラトンの時代には、同性愛的な関係が社会の一部をなしていた。それは、教師と弟子の理想化され関係へと高められ、プラトニック・ラブ的な魂への関心によって変貌を遂げた愛の形を提示する。キリスト教ではそれを認めない。

  • 哲学的理解の欲動を愛のエネルギーに訴求させるような見解をプラトンは持つ。つまり、理解欲求は、性愛欲望の変容・昇華であると考えるのだ。

  • プラトンは、女性の地位が問題で、理想的には、女性が男性と同等の役割を果たすことについて何ら問題視をしていなかった。ここにプラトンの先進性、独自性、先見性がある。最初のフェミニストと言われる所以である。

  • アカデメイアには女性とが二人いた。ラステネイアとアクシオテア。

  • プラトンは、大衆文化の効果を信用しない。個々人の考えを抑圧するからである。(「彼ら」ソフィストは)「多数者の集会において」「大騒ぎしながら」「叫んだり手を叩いたりしながら」「極端に」「非難と称賛の騒ぎを倍の大きさにするのだ」「このような状況のただなかにあって」「若者は」「ひとたまりもなく呑み込まれて、その流れのままにどこへでも流されていってしまうとは思わないかね?」「そしてその若者は、彼らと同じような人間となるのではなかろうか?」(『国家』)

  • プラトンは、民主主義は危険であるという。才能ある人々は、理解が共有されるレベルにまで引きずり降ろされる。他方、民主主義が奨励するお役所仕事や権力分散のおかげで、自分が専門家であるとただ単に思い込み、身勝手で、勘違いをしてしまっている個人による権力乱用が行われずにすむ。

  • ソクラテス「君たちが埋葬することになるのは、ぼくではなく、ぼくの身体に過ぎないんだよ

  • 常に動くものとして魂を定義し、その魂は輪廻するとしたプラトンであるが、その考えは定まっていないようである。

  • 「理性」によって作られた「世界」、「必然」によって現出する「世界」

  • 本当の世界(本質)は、イデアと呼ぶものに連なる議論のなかで把握されるものである。

  • プラトンの神は職人の神。キリスト教の神のように無から有を(悪を)生み出すことはないので、その責を負わされることはない。

  • 数学は、実践知であるが、哲学的思考のための良き準備に過ぎない。


 「日本のプラトン学者の納富信留氏は、西洋哲学が19世紀の日本に導入された際に、それを表すための新しい言葉「哲学」が造語されたことを指摘した。というのも、現在哲学と呼ばれていることのざまざまな部門(宇宙論、論理学、倫理思想、政治思想)は東洋の知的伝統のなかで大規模に発達していたが、こうした諸学問が「哲学」の標語のもとに統一されることはなかったからだという。西洋の知的伝統においても、、それらはいつも統一されてきたとは限らないのである。

 プラトンは、哲学を制度化し、そして哲学には、①真理を体系的に追求することと、②他者や自分自身を相手におこなう議論に全幅の信頼をおくこと、の両方が欠かせないとはじめて考えた人だった。

 プラトンが、教義主義者と懐疑的探求者という相反する伝統を残し、彼の対話論が二千年以上、多様極まる解釈を後押ししたことは驚くにあたらない。というのも結局彼の心の内奥からのメッセージは、イデアとか徳の重要性を信じるべきだ、ということではなくて、こうした事柄を理解したいと切望するときに、私たちがプラトンとまた自らの同時代人と、膝をつきあわせるべきであるということなのだから」


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