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連載小説【揺動と希望】 1−1

【1-1】


 爆発。


 極限にまで我慢したエネルギーがもうどうしようもなくなって一気に吹き出す。充満することに我慢しきれず、現実界を構成する誰かがその一歩を踏み出す。そこには一種のあきらめがあり、その後に開ける青空を見ることを渇望する意思がある。爆発という幸運がすべてに重なり合う瞬間。すべて望んだことが形になる。そう、世界は昔、そうして出来上がったのだ。


 痛い、けど心地良いとミサキは思った。粉塵とコンクリートの破片が身体を叩く。防護服は引きちぎられ、ヘルメットからは休みなく物が当たる音がする。立っていることができす、吹き飛ばされごろごろ回転し、その衝撃に意識が薄れていく。飛び跳ねるというより投げ出される感覚だ。


 市街地はあっというまに瓦礫と化す。半径1.5キロで風速50キロを超える暴風、地下に避難した人を除き、生物はことごとく消滅する。建物は崩れ落ち、街路樹は吹き飛ばされながら燃え出し、草木は焔に、硝子は溶解し、貯水槽の水は蒸発する。第一の爆発による空気爆発が次にやってきて、空間全体の首根っこを掴んで震わせ揺るがす。どうだ、これでもか、という揺さぶりの後、唾を吐きながら去る悪意が見えるようだ。


 ミサキはなんとか意識を保ち背中を丸めながら倒れている。いっそこのまま意識が飛んでくれたらと思う。夢でも見ているのならまだ救いがある。体中が痛み、右手首がよくわからない感覚になっている。熱い、燃えるような感覚が危険な予測を誘う。

 ほんとに夢でも見よう、とミサキは思う。それがいちばん、今の私にはあっている。受け入れがたい現実から逃げることができない自分ができる避難。ミサキは意識の位相レベルの変更を行う。


 右手首から何かが流れる感覚がある。体液・血液、そういったものであろう。自分の体からそれらが流出していくイメージがミサキの脳裏に浮かぶ。「流出」。流れ出るもの、流れ出る側とそれを受け取る側について思いを馳せる。「返して」と言う声。何を、と思う。流出したものは自らの一部であったものだが、はたしてほんとうに自らの一部だったのだろうか。それはもしかしたらただ借りていたものであり、それを返しているだけではないだろうか。流れるな、と強く思う。意識が流れないように、食べたいもの、呑みたいものを一生懸命思い浮かべる。浜作の鱧、瓢亭の朝粥、阿闍梨餅、祇園栗饅頭、笠置屋の酒。十石の純米吟醸酒も、もう一度呑みたい。いや、コンビニエンスストアの肉饅も。取るに足りない日常が、今際の際でも親しい存在なのかも知れない。


 「親しい存在、だよね」クミコが瞼の裏に入ってくる。「右手は早く止血したほうがいいよ。出血多量で意識が飛び、そのあとは生命維持が不可能になる、ってこと、わかってるよね?」

 「もう、だめかもしれない」

 「まだこれからなの。始まったばかりなのよ、何言ってるの。周りを見回して。あと五分四〇秒で救護隊員がやってくる。それまで止血するの」

 烏丸の交差点は瓦礫で溢れている。遠くにサイレンの音が聞こえる。空は真っ暗だ。何が爆発したのだろう。ミサイル?爆弾?それともそれ以外の何か?何にしてもそこには不満があったのだろう。縮緬手拭で右手首手前をきつく縛り、止血をする。


 轟音が流れる。烏丸経済センタービルが崩壊する。


 2050年1月15日、突如北朝鮮は日本に向けて三発の中距離弾道ミサイル「火星十二号」を発射した。ひとつは長野県白馬村に、ひとつは滋賀県彦根市に、そしてもうひとつは京都府京都市に着弾した。核は積んでおらず、弾頭は通常の火薬爆弾ではあったがその威力は半径1.5キロの建屋を倒壊させるものであった。市街地であった京都市四条烏丸付近はオフィス街であり、甚大な人的被害をもたらした。


 事前に発射情報をキャッチしていた米軍第七艦隊と自衛隊は緊迫した。弾道ミサイル発射三分後にイージス艦のレーダーで捉えられ、Jアラートが流れた。その4分後に着弾。日本海に展開していたイージス艦より防空ミサイルSM-3が発射されたが命中せず、火星十二号は遮るものもなく、日本国土に着弾、爆発した。撃墜できなかったのはステルス対応とジャミングで軌道確認が出来なかったことが要因とその後のニュースは伝えている。

 六時間後に日本政府は北朝鮮に対して猛烈な異議申し立てを行うとともに、オンラインによる米・韓・日の三国首脳会談を実施、その上で国連安保理に北朝鮮への国際法違反、他国攻撃に関する非難声明の要請と、直ちに国連軍の出動を要請した。実は、北朝鮮のミサイル発射は偶発的かつ刹那的で、後先を顧慮しない急進的な思想を持った軍の一幹部が独断で実行したのであった。金正恩はこの事件を後で知った。しかしこの頃すでに北朝鮮内部では金正恩打倒の一派が暗躍し、対応は混迷を極め、日本へのミサイル発射もその責任追及をすることなく看過された。中国とロシアは静観を決め込み、国連の安保理でも国連軍の出動に拒否権を発動したため、日本はアメリカを頼るしか方策がなかった。アメリカは事の重大性には理解を示すものの、不況が長引く国内情勢において、実利が何もない他国攻撃には軍需産業関係者を除く多数の要職者から慎重論が起こり、武力行使を決定することはなく、時間だけが無駄に過ぎていくという状態が続いた。


 そしてそうこうしている一週間後、2050年1月23日午前八時三五分、静岡県西部沖海底約30キロ時点において、大陸プレートの跳ね上がりが起こり、マグニチュード9.0の大地震が日本の太平洋岸に発生した。いわゆる南海トラフ大地震である。

 中部地方、近畿地方に地震発生後約30分後に100m級の巨大津波が押し寄せた。伊勢湾入り口の鳥羽市管島・答志島では250mの津波を観測、高知でも約30mの津波が到来し、国が想定していた当該全エリアでの被害が発生することになった。北朝鮮どころではなくなり、地震対応に全精力を傾けることとなる。DMAT(災害派遣医療チーム)が飛び交うプッシュ型の救援を闇雲に行っても、被害の全貌を把握することはおろか、どこにどれだけの救援を出せばいいのか、誰にもわからなかった。というのも当該県庁所在地が全て被害を受け、現地での救助活動の指揮者がほとんどいなくなってしまったからだ。死者・被害者は時間を追うごとに増加していった。


 日本の中央政府は完全に機能不全に陥っていた。独自に効果的な策を打ち出さなければならない対北朝鮮対応と避難者約500万人を発生させた南海トラフ地震対応を同時にそれも緊急に行わなければならず、首相は過労と心労で心不全を起こし緊急入院した。首相代理の官房長官も効果的な統べを打ち出せず、ものごとはなし崩し的に蠢いた。誰一人、この自体に明確な方針を打ち出すことなく、目の前の発生事象に随時駒を動かすのみであった。次第に国全体に厭世感が広がっていくのが誰の目にも明らかになっていった。ひとり気を吐いていたのが関西広域連合長の大阪府知事であり、和歌山・高知・三重へのDMAT出動とドクターヘリ派遣に加え、役所の事務方を有志で揃え、現地対応を行った。またエリアの医療・食品・建築企業と連携し、迅速な救援物資の現地投下を指揮した。中之島にある関西広域連合事務局は津波の被害が幸運にもなく、機能する事ができた。広域連合の事務局はドクターヘリ以外に緊急救助措置に動く。各府県から医療・消防の残存部隊を集約し、司令室を設置。速やかな動きを見せる。しかし所詮は運営予算3億円にも満たない小規模組織であり、限界があった。荒波は人々を喰い潰し、死霊はその大きな、死に至る口蓋を広げて待ち構えていた。



 病院のベットでミサキは目覚めた。右手首が痺れたような痛痒感があるということが始まりの認識だった。救急隊が助け出してくれたのだろうか。真っ白な天井を見つめ、そこに一箇所だけ浮き出た黒いシミをじっと眺めていた。ロール・シャッハテストのように、この滲みの形から何を連想するかをひたすら考え、それに疲れ、家族のこと、職場のこと、街並みの被害などに思いを馳せだした。


 「気がついた、痛いでしょ」

 若い看護師がやってきて声掛けをする。「血圧は安定してるわね、大丈夫よ、命に別条はないわ」

 「落ち着いてからまた話すわね」と言って病室を後にし、部屋の中はミサキ一人になった。静けさが覆う。


 「右手首がなくなっているの。止血中。鎮静剤が効いているのでわからないでしょうけど、このまま一ヶ月位は痛むかもね」クミコが言う。

 「ああ、そうなんだ」絶望がミサキを襲う。「わかってはいたけど」

 「九死に一生、と思いなさい。生命があっただけでも。わかっているでしょ」

 「大丈夫、なんとかなる」クミコとミサキが呟く。

 「精神はその柔軟性を維持するために、応分の量の休養と気晴らしを必要とするって。私たちに必要なのはそれらよ、ミサキ」

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