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ホワイトクロウの映画感想とヌレエフの話&動画集


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(ネタバレ注意:文面ラストにも映画の紹介動画などあり)

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 まず題名のホワイト・クロウから。日本語の直訳だと白いカラス。でもカラスの映画ではありません。ヌレエフという男性バレエダンサーを表現したらホワイト・クロウになるってことです。
 カラスと言えば「黒」 をイメージするが、突然変異、アルビノの一種として白いカラスもまれだが存在する。つまり白いカラスと言えば珍しい生き物、転じて英語圏では、

① よい言葉でいえば「類稀たぐいまれなる人物」 

② 悪い言葉でいえば「はぐれ者」 となるらしい。

 映画のちらしの前面に題名はこういう意味だといわんばかりに、でかでかと印刷されています。
 バレエ史にかかせない天才バレエダンサーのヌレエフを表現したら、この二つの意味を持つ「ホワイト・クロウ」 がぴったりだというわけ。その理由はどこからきたのか、を説明した映画。
 伝説のバレエダンサー、ヌレエフは、めったにいない人物かつはぐれ者……ですか。彼の人物評は私にはさっぱりわかりません。そういう意味で私は本作をまったくの白紙の状態で鑑賞しました。

以下は予告編です。約1分半。

下はチラシ画像

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 ヌレエフがダンサーとして活躍していた時代は、戦後です。が、旧ソ連、現ロシアという共産主義国と、フランス、イギリス等の資本主義国が敵対していました。ヌレエフは旧ソ連の出身でキーロフバレエ団員(現マリインスキーバレエ団)でした。そして資本主義国フランスとイギリスで踊るツアーに参加中、亡命しました。亡命後の活躍は皆さまご存知の通り。
 その彼の亡命にあたっては影の立役者たちがいました。映画ではそれが綿密に書かれています。特に彼の亡命を助けたクララ。彼女はチリ人で莫大な財産を相続した女性。いわゆる上級国民です。ヌレエフの時として激しいこだわりや、感情に驚きつつ付き合う。映画上では恋愛関係なし。クララは恋人を亡くしたばかりだったのです。わざわざ上級国民と書く理由はこのエッセイの後半に書きます。

 ヌレエフ役はじめバレエ団員は全員本物なのでリアリティがあります。なんとセルゲイ・ポルーニンがヌレエフの友人役として出ています。ポルーニンの方がダントツに知名度はあるでしょうが、ヌレエフとはまったく似てないので友人役になったのでは、と思ったぐらい。彼はドキュメンタリー映画をはじめ、ディズニー映画への進出も果たし、もはや顔なじみ感が強い。
 一方ヌレエフ役は本物となんとなく似ているということで抜擢をうけたらしいです。彼の名前はオレグ・イヴェンコ。もちろん本物のダンサー。映画説明ではタタール劇場のプリンシバルダンサーとあります。そりゃ、踊れますね。バレエ好きとしても見どころたくさん。彼らの踊るシーンもあるし、冷戦下のバレエ学校の様子もある。楽しんで観ていました。
 本物のヌレエフが踊るシーンも古い時代での撮影ですが、映画のラストミュージックが流れる中で見られる。画像が荒いこともあり、正直ヌレエフ凄いとは思わないのですが、今では当たり前でも、当時では最先端の踊りだったのかと思わせられます。
 旧ソ連にいたときから、ニジンスキーとの再来と言われ、バレエ団でも特別扱いを受けていましたが、亡命後の活躍の方が凄い。つまり、ヌレエフは亡命したおかげでバレエ史に名前が残ったと言われても過言ではない。
 彼は亡命直前、ツアーを離脱してソ連に戻れという帰国命令が下っていました。それは収容所行き ⇒ バレエが踊れない ⇒ 死 、を意味していました。どうにもならぬところでしたが、ツアーで知り合った例のクララの活躍で一発逆転をしたわけです。文字通り生死の分け目です。
 映画のラストはバレエ映画ではなく、緊迫かつ劇的な亡命映画になります。亡命は、政治家が逃げるというか保護を求めるアレか、と漠然としたイメージしか持っていなかったのですが、ああ、こんなふうにやるのかと感じ入りました。私は、なんだか異世界亡命小説ジャンルが作れそうです。半分本気。小説を書くにあたり、インスパイアを受けるのはいつもこんな感じです。でも政治形態の模写に誰も傷つかないように綿密な配慮が必要ですし、それでも炎上しそうと思えば筆は鈍る。書く側からすれば、政治ネタの小説はキツイ。また横道にそれた。


 映画にはないが、亡命後の話。無事フランスに亡命できたヌレエフはイギリスのロイヤルバレエに所属、すでに押しも押されぬプリマ、マーゴ・フォンティーンと踊ります。伝説のパ・ド・ドゥペアですね。当時のフォンティーンはヌレエフより二十才年上だったそうですが、このペアでヨーロッパのバレエ界を席捲したわけです。ヌレエフに逃げられた? ソ連はさぞくやしかったでしょう。

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 映画は、ヌレエフの亡命直後のバレエ教師への尋問シーンから始まります。彼は、亡命直前までヌレエフを指導し、自宅で寝起きまでさせていました。亡命されてしまった側からすれば、ヌレエフは国家反逆罪です。指導していたバレエ教師まで、ヌレエフについて何か知っていたんだろ、吐け、と尋問されます。映画スタートが尋問、ラストも最初のその尋問の続きです。ラストのラストはくだんのバレエ教師が「欠席裁判を受ける」 と宣言? されしょんぼりと去りゆくシーンで終わります。
 天才ヌレエフを育てたこのバレエ教師は、同居の奥さんとヌレエフが不倫の関係にもなりました。結構この奥さんが卑怯なんですよね。この手のタイプは貞淑そうに見せて実は大胆です。ヌレエフは同性愛者だったのですが、この話が映画の創作でなく事実であればこの女との情事のせいかとも思いました。教師役は映画監督でもあります。そしてハリーポッターのヴォルモデート役などしていた著名な俳優さんでもあります。とても多才な人ですね。
 映画自体は時系列が三列です。昔の話だけど、さらに昔にさかのぼった話が三列になっている。
① ヌレエフの子供時代、
② ヌレエフのソ連のバレエ学校時代
③ ヌレエフがフランスとロンドンのツアー参加中に亡命を決めるに至るまで

 ラストが例の緊迫な亡命シーン。最初と最後がバレエ教師の尋問シーンが額縁になっている。もし、これを文章でやるとすると、読者が時系列をごっちゃにする危険性がありますが映像となると理解度があがりますね。それでも映画コメントを見ていると、ストーリーの時代がわかりにくいというのも多い。凝り過ぎたのでしょうか? 小説で読むよりはマシだが、ごっちゃになったという人はバレエになじみなく、ツアー中の公演シーンと、バレエ学校時代のシーンが混同したのかもしれないと思う。
 ロシアの著名バレエ学校内のレッスン場はYOU TUBE で公開されていて有名ですし、映画はわざと古めかしているが、間取りはまったくそのまま同じでバレエファンとしては感動ものです。オペラ座のあの有名なレッスン場、丸窓のシーンもすぐにわかりました。実際に行ってこの目で見たいなあと夢見ています。
 でもバレエになじみのない人は、今やっているシーンはソ連だ、パリだとは区別がつきにくいのではないか。
 子供時代はヌレエフ役そっくりの子が出てきます。ルディと呼ばれていますが、ルドルフの愛称でしょう。かわいい名前だと思います。子役が民族舞踊を練習しているシーンがあります。マンツーマンの指導だったので、いかに才能を見出され期待されていたのかわかります。
 本作はバレエ映画というよりはヌレエフの人となりを描くのが主目的でしょう。彼はソ連のバレエ学校の学生時代からバレエの才能に注目されてはいました。でも、奇矯な性格です。幼少時には他の子供たちと一緒に遊べず見ているだけのシーンがあります。それが伏線となり、成長後にバレエマスターがヌレエフの悪口をいったと思い込み、責めるシーンがあります。マスターや教師がそれは勘違いだ、きみの悪口を言うはずがないと言っているにもかかわらず、ヌレエフはバレエマスターに向かって「出て行かないとこれ以上は踊らない」 と宣言する。
 バレエマスターは出ていく。よし、と、ヌレエフは踊る。皆が認める天才は権力者に対しても強いものです。その話もラストへ向かう更なる伏線となる。もっとある。列車で生まれたヌレエフは、列車のおもちゃにこだわりがあり、品そろえが気に入らぬと、店主に向かって「この店はだめだ」 と言い放つ。相当過激な性格です。
 知り合ったばかりの例のクララと食事をしているときに、ウェイターからバカにされたと思って怒るシーンもある。ウェイターとは目があっただけなのに。理解できないクララに対してもヌレエフは罵りの言葉を吐く。こんな人間、普通ならだれからも相手にされない。絶交になる。でもヌレエフには類稀なるバレエの才能があった。だからクララは縁を切るどころか窮地を助けてやる。ソ連に連れ戻されようとするヌレエフに亡命をすすめる。
 本当に、天才は性格に難ありでも、助けられるものですね。彼は亡命後、振り付けもしたが思い通りに動かないと、ダンサーに対して怒りを爆発させるタイプのコリオグラファーだったのではないだろうか。それにしてもクララがヌレエフを見捨てなかったからこそ、こうなった。クララが一番偉い。でも彼女が上級国民なればこそ、ですね。秀逸なのは、亡命シーンでフランスのバレエダンサーがヌレエフを助けようとするが、一介のダンサーではだめだった。有力者への電話をかけてもつながらぬ。しかし、彼はクララの名前を思いついて連絡する。果たしてクララは大急ぎで空港に行き、その足で空港警察に行く。警察では最初、何しに来たの? というあしらいをうけるが、彼女はなんとさりげなく「マルロー」 の名前を出すのだ。とたんに警察の態度が変わる。上級国民の面目躍如です。最初にマルローの名前がでたのがのちに大きな伏線となって生きる。マルローは、アンドレ・マルローといって「人間の条件」 を書いた著名な作家です。当時はド・ゴール政権で文化相をしていました。彼女はマルローの息子とつきあっていたのです。しかし息子は亡くなった。その一週間後にヌレエフと知己を得る。天才の運命は誠に数奇なものですね。
 マルローの名をさりげなく聞いたとたんに、警察の態度もさりげなく変化する。これまた誰もが言わぬこの世の実態を感じます。
 かくしてヌレエフの亡命へと事態が動き出す。上級国民っていいなあと思いもしますが、私はド庶民なので思うだけです。しかし天才ヌレエフを助けるのにはこの場合は必要だったでしょう。
 目の前でまんまといっぱいくわされたKGB(ソ連側)たち、特にツアーの最初から付き添っていた人はクララを睨みつけるがどうしようもない。彼は悪い人ではなく、国家に忠実であり、職務に従ってヌレエフに親しみと危惧を込めた忠告もする。が、ヌレエフの頑固ともいえる性格には脅しは通じない。
 私はこの映画を見てヌレエフに一種のパーソナリティー障害も感じました。そして天才には運がついてまわると。バレエシーン自体には文句ないです。何せ本物のダンサーが当時のデザインの服装で背筋伸ばして演技してくれる。踊ってないときも姿勢いいなあと思ってみていました。刺激的なシーンもあるのでR十五指定です。つまりお子様は見れませんがヌレエフの名前は今でもバレエ公演チラシに振付師として出ることもあるので機会あれば(大人になれば)この映画をご覧になってください。バレエシーンが思っていたより少ないですが、天才とされた彼の半生と一見傲慢にみえる性格と亡命への心的推移がわかり秀逸な作品です。

以下は貴重なメイキング動画。約7分。カメラが至近距離にあってもダンサーは普通に踊る。

後書き編集
著者注:マルローの「妻」がクララという名前らしいので、もしかしたら私のカン違いがあるかもしれません。ゴルドシュミットというドイツ系の名前は映画にはなかったと思うのですが……どこまで創作かも不明ですのでこのあたりご存知の方いらしたらご教示ください。

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以下はヌレエフが踊るおすすめ動画です。

① フォンテーンとヌレエフ、黒鳥のパドドゥ 約4分半

② ヌレエフがまさかのコミカルバレエに挑戦! 約3分半

③ ヌレエフと森下洋子、眠りの森の美女のパドドゥ 約8分

④ これでおしまい、ヌレエフの画像集、ミニ動画集 約3分半


こうしてみるとヌレエフはやはり類まれな天才ですね。下記の画像は映画と関係ないけどホワイトクロウに変身した私のアバターです。

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さようなら。





ありがとうございます。