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足跡?成長? #2

自分は現在大学2年生の21歳である。普通の大学2年生なら19歳や20歳だろう。でも自分は21歳である。浪人をしたからだ。しかも2回。
そこで、なぜ2回も浪人したのかを今までの自分の成長(?)や思い出などと振り返っていこうと思う。

中3夏

自分は高校受験では自衛隊の高校に入ろうとしていた。理由は3つ。1つは親に勧められたから。2つは勉強するだけで給料が出るから。3つは内申点が必要ないから。どれもいい加減な理由である。結果は不合格となり地元の偏差値40以下の公立高校に入学することになる。このときは人生なんとかなると楽観的に考えている馬鹿だった。

高校1・2年

中学のときに内申点など気にせずに自衛隊の高校受験の勉強だけしていたため、偏差値が低い高校にしか受験できなかった。しかし、勉強はしていたため高校の勉強は余裕ででき、テストの順位も学年で上位10%に入ることが出来た。しかし、この結果に自惚れていくこととなる。

高校3年

自分は(高校の中では)頭が良かったため、大学受験をしようと考えていた。(どうせ高校もなるようになったんだし、大学受験も日東駒専レベルには入れるだろう)などと考えていた。ちなみに自分の高校で大学に進学しようとする人は推薦などを含め1学年の4割、一般受験は1学年で1割程度だった。そのなかでも3人くらいが大東亜帝国の偏差値の低い学部にギリギリ合格できる程度のレベルだった。でも当時の自分は楽観的であったため(勉強なんてしなくてもなんとかなる)と思い、直前期も遊びまくっていた。本当に舐めている。もちろん日東駒専に受かるはずもなく、その下のランク、そのさらに下のランク、そのさらに下のランクの大学も受からなかった。

1浪

当時、1つ上の友達が浪人をしていた。お前もやってみろよと言われ軽い気持ちでやってみようと思った。しかしその人は県でも上位3つに入る高校卒で国公立の大学を目指している人間であった。それでも自分は楽観的だったのでなんとかなると思い親に浪人したいといった。

ここがターニングポイントである。
父は予備校代は払わないから自分で払えと言った。(は?勉強もしながらお金払ってなんてできるわけないだろ) 頭が真っ白になりそのまま伝えた。そのとき父は「何もやったことないのに何が出来ないだ 甘ったれるな」といった。もっともである。そこから予備校代を稼ぐためにバイトをしながら勉強をすることになる。

予備校に入ると今でも尊敬している、自分のバイブルみたいな先生と出会うことになる。その先生は日本史の先生で、とてもユニークな授業をする先生であった。何かをするにも熱く答えてくれる人で、自分は熱心に勉強をした。そのおかげで現役のときの日本史の模試で偏差値35だったのが浪人で受けた模試の偏差値が70になった。とても自信がついた。しかし愚かだったのが逆に日本史しか勉強しなかったことである。苦手なことから逃げていたのである。大事な英語と国語を疎かにしていたため、結果は全落ち。甘えた結果である。

1浪して全落ち。本当に最悪だった。人生のドン底に落ちた。ここで初めて今までの自分の良い行い・悪い行いをフィードバックすることが出来た。
本当に心の底から追い詰められて追い詰められてなにかに気づく。とても愚かだと思うが自分は今改めて大事なことだと思う。一番はそのような状況にならなくても気がつけることであるが。

2浪

1年前と同様にまた父にお願いをした。父は自分のことを見抜いていたかのように相変わらず甘い人間だと言った。要は覚悟がない。自覚がない。etc…と思われていた。今回は残っている予備校の奨学金と受験費用を自分で出すことを条件にお願いをして浪人をさせていただけた。

受験料という費用が更にかかったしまうため、去年よりも大変になるということはわかっていたが、あんなに頭をまっ白にしてパニクっていた予備校代も払うことが出来ていたし、ここでいい意味で、本当の意味で「なんとかなる」と思えていた。今回は苦手な科目からも目をそらさずに取り組んだ。当たり前のことを何カッコつけていってんだと思うだろう。しかし自分からすればこれは大きな成長である。嫌なことでも取り組めるようになったのは現在でもしっかり役に立っている。

今回の受験でどこにも受からなかったら大学は諦めようと考えていた。人生をかけて本気で取り組んだ。結果は平均よりは頭がいいと言われているが2年浪人してまで行く大学ではない言われるところに受かった。志望校という志望校には受からなかったため、やはり悔しく思い、受験のあとに支えてくれた母と父にお礼と謝罪をした。しかしふたりとも怒ることも慰めることもなく褒めてくれたのだ。そこで気づいたことがある。結果だけでなく過程も見てくれる人がいる。これが経験となり、今も物事に本気で取り組めている。

自分の人生は成功したことがあるかと言われると正直ない。失敗だらけだったし、自慢できる話はない。でもその失敗があるから現在に生かしていくことが出来ている。それも支えてくれた人がいたからであって、その人達には感謝しかない。
ありきたりな言葉でよくみかけるなと言う人もいると思うが、これは挫折を味わってもなお頑張ってこれたからこそ出る言葉だと思う。なのでこういう事を言うのは恥ずかしいとは思わないし、むしろ誇れると思う。

長くなってしまった、、、またまとまりのない文章だし読んでて疲れてしまうものになったが、それでも読んでくれる人がいれば幸甚である。

@現在浪人している人たち
浪人はしているそのときは恥ずかしいし意味があるかわからないものだと思う。自暴自棄になるし、その気持ちはとてもわかる。でもその気持ちは今まで浪人をしてきた人たちも感じてきたことであるし、諦めないで頑張って欲しい。絶対貴重な経験になるし、今後生きていく上で強みになる。頑張ってくれ。

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