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モンブラン

20歳の誕生日にモンブランの万年筆を貰った。
大人になったね、おめでとうと彼は笑顔でプレゼントしてくれた。

私、ちっとも嬉しくなかったの。
指輪とかピアスとか洋服が良かったなってその時に思ったのを思い出した。
それでも、ありがとう、大事にするねってにっこり笑うテクニックを怠ることはなかった、もちろん。

本当に大事に大事にしまっていた、大事にしまいすぎてどこにしまったか忘れてしまったほど大事にした。

その彼と結婚を考えていたのに、あっさりと次の彼に乗り換えた。

別れるときに、プレゼントしてくれたものを返す派だったのに、
モンブランのことはすっかり忘れていたので返すことはなかった。

時はあっという間に過ぎていき、40歳の誕生日に私は心に決めた。
それは、文房具にこだわること。
プラスチックの複合ボールペンを卒業して、大人の文具を持つ、大人の女性になろうと決めたの。

まず手始めに、シルバーの複合ボールペンを買った。
1万円くらいしたけれど、使うたびに、「大人」「大人」って気がして嬉しかった。

ふっと、そういえばモンブランを貰ったような気がする、嫌、貰った、どこかにしまったような気がする、嫌、しまったままだ。
机の引き出しをひっかきまわし、箱に入ったままのモンブランを探し出した。すぐに丸善に持っていって、「使えますか?」

メンテナンスをしてもらった万年筆はスルスル書けるようになった。

紙の裏が凸凹になるくらい筆圧が強かった私が、塚らを入れずにスルスル書ける万年筆を上手に操るようになるにはしばらく修業が必要だった。
けれど、「大人の女性は大人の万年筆をさりげなく使う」憧れを抱きながら万年筆の書き方を勉強していった。

そのうちに万年筆が楽しくなり、モンブランの他に何本か買った。
インクにもこだわって色ごとに万年筆を楽しむようになった。

40歳から一緒に過ごすようになったモンブランが、インクを出さなくなった。慌てて銀座モンブランに駆け込んだ。
入院。

退院時にモンブランハンサムの店員さんから、「何年くらいお使いですか?」と訊かれて、「20歳からだから36年です。(途中20年使っていなかったことは言わなかった)」と答えると、「そんなに長く、ありがとうございます。」とさわやかな笑顔で言ってくれました。
「死ぬまで一緒にいるつもりです。」「それはそれは」

「試し書きなさいませんか。インクはどのような色がよろしいでしょうか。」「葡萄色」

インクが入ったモンブランで書いたのは「お帰り」
葡萄色は思い描いたイメージピッタリの色だった。
「ご自分の色を決めていらっしゃる方はおしゃれですよね。」とモンブランハンサムがさわやかに言った。
カートリッジが空になる前に、またここに、銀座モンブランに買いに来ようと決めた。

使っていなかった年月も、私には必要な年月だったのだと思う。
「大人の女性」になるにはそれくらいの年月が必要だったのだと思う。

これからも、よろしく。
モンブランの箱に入れてもらった、私のモンブランは胸を張っているように見えた。

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