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備忘録。5

 2冊目と3冊目の間にはそこそこの読書感覚がある(1ヶ月くらい小説を読んでいたから?)。いつものように読んだ本を紹介。

1.陳天璽『無国籍と複数国籍』(光文社新書)

 大学教授は新書より単行本の方が好きで、新書を嫌う傾向にあるとよく聞く。確かに、大学教授のように特定の分野の研究を進める人は、単行本で自身の専門分野を極めるのが適切と思う。しかし、余暇が与えられている大学生は、取り扱う内容の幅広さが担保されている新書の方を読むべきではないかと私は思う。自身の研究分野で参照する必要がある際、あるいは、単純にその単行本に興味を抱いた際に読むというのが私のポリシーだ(ポリシーと言える程、確固たる信念ではない)。これは、私が世の中のありとあらゆる事象を知りたいという知識欲に駆られていることに起因するものであろう。ここまで新書について熱弁したが、その新書にも大きく分けて2種類あると思っている。1つ目は、知らない単語や概念について多く説明を割いた新書だ。言い換えると、固有名詞の説明が多い新書である。前々回に紹介した新書で例を2冊挙げると、『メタバースとは何か』や『Z世代』が挙げられる。このような新書は読むことで、一対一対応的な知識を得ることができる。ある分野について詳しくなっておこうという際には打ってつけである。2つ目は、固有名詞的説明が少ない新書である。同様に前々回の記事から選ぶと、『民俗学入門』が挙げられる。『民俗学入門』は「民俗学」という単語こそ本文全体で説明を加えているが、その細部については具体的な固有名詞を使うことなく、日常生活にありふれているものを具体例に取り上げて民俗学の全体像を説明している。こういう新書は読み終わった後に意見をまとめることが1つ目の新書と違って難しいと個人的には思う。1つ目の新書はある核となる単語を抑えたら、基本的には難なく理解することができるが、2つ目の新書は核となる単語が見当たらず、要約に苦慮する。『無国籍と複数国籍』もそのような新書だ。
 私の両親は日本人で、生まれも育ちも日本。今まで国籍を考えたことがなかった。本書では、私の考えたことのなかった世界が広がっていた。まず、国籍がないことがどれほど、生活を不自由にするかを知らなかった。国籍がないために気軽に海外に行けない、ちょっとしたミスで在住していた国にも帰れなくなる。ささやかな日常を奪われる可能性が常に隠れている無国籍者の置かれている状況を初めて理解した。また、重国籍者がどこの国籍に存するべきかという問題で苦悩している意味を初めて理解した。「国籍=アイデンティティ」と島国育ちの日本人は考えてしまいがちだが、一国のラベルを貼ることで簡単に重国籍者の問題は解決できないと思った。好きで無国籍者や重国籍者になったわけではない人が、どうすれば不自由のない生活を暮らすことができるのか。現行の法律の限界点を指摘しながら、国とは何か、国籍とは何かについて迫った良書であった。

2.古田雄介『ネットで故人の声を聴け』(光文社新書)

 闘病を綴ったブログは多くあるが、それをまとめた新書が今までほとんど刊行されていないことに意外性を感じた。具体例として固有名詞は多く登場するが、前掲書と同じく固有名詞的説明が少ない新書に分類することができると思う。
 本書では病と闘う人や病ではない事情で死に直面している人が運営していたブログを紹介しながら、死の直前の人間の心理を読み解こうとしている。当然なことであるが、死に対する価値観は人それぞれで、ブログには価値観の違いが如実に反映されている。また、ブログで全ての心情を吐露しているわけではない。ブログに書いていない病への恐怖心などを読者は想像することしかできないのだ。ただ、言外の内容を読み解こうとするなどの目的で故人のブログを訪れる人は今も絶えない。そう考えると、人の死とは生命体そのものの機能が停止することではなく、生きている人たちから完全に忘れ去られることなのではないかと思った。

3.森川友義『恋愛学で読みとく文豪の恋』(光文社新書)

 どの本を読むか選ぶ時に決め手となるのは、装丁とタイトルではないかと思う。読んだことのある本では、『塩の街』や『本日は、お日柄もよく』とかが結構好きな部類に入る。装丁が凝っているものは、本に限らず、テンションが上がってしまうものだ。本書は後者のタイトルの方。「文豪と恋愛」という俗っぽいような、それでいて割としっかりした内容かもしれないという謎の期待が膨らんでいた。
 本書は文豪の代表作を1つ挙げ、そこで描かれる恋愛がどのような形態であるか、どのように描かれているかという点に焦点を当てた新書である。文豪の恋愛遍歴を詳らかに記す内容ではなかったため、少し落胆の感情はあるが、それぞれの文学作品が背負う歴史性は大いに学びになった。作品内の登場人物の心情を赤裸々に説明してしまうのは、身も蓋もないよなと思いつつ、楽しく読ませてもらった。

4.久保(川合)南海子『「推し」の科学』(集英社新書)

 近年、言葉として広がりを見せる「推し」という概念を、心理学の「プロジェクション」という概念と紐付けながら解き明かす一冊。
 私も一般に「推し活」と呼ばれるものを行なっている身であるが、「推し」という対象に何かしらの投影をしているだろうかと考えると、思い当たることは数え切れないほどあった。本書で指摘のあるように、アイドルに物語を見出だすことは何度も何度もやっている。日向坂46のメンバーである金村美玖が6thシングル『ってか』で初めて表題曲のセンターを務めた時、そこに私(を含め多くのファン)は、後列のポジションから始まった彼女が地道に努力を重ねて人気を集めて、1列目の真ん中、センターに立ったという物語を描いていた。しかし、金村美玖がアイドルを始めてからセンターになるまでの過程は、このような単純なストーリーではなく、もっと複雑な紆余曲折があったであろう。単純な一本道で説明できるほど簡単ではない裏側があるに違いない(この断定も物語を勝手に作っているようなものだ)。ただ、あくまで表側で見られる「推し」の活躍に物語を作るプロジェクションが、私にとって「推し」を推すということに繋がっているような気がする。そして、「推し」がいることで広がる世界、それこそが「推し活」の醍醐味ではないかという結論に至った。人間が地球上で唯一無二となり得た条件の1つである「想像すること」が、現在の「推し」という概念と深い関係にあることが興味深かった。
 金村美玖単推しではなくて、箱推しであるという補足を加えておきます。

5.難波里奈『純喫茶とあまいもの 京都編』(誠文堂新光社)

 最後にイレギュラーなものを紹介。小説や新書ではなく、本書は京都の魅力的な喫茶店を紹介しているガイドブックのようなものである。
 頻繁に喫茶店に行く身ではないが、本を読みたい時や考え事をしたい時はふと足を運んでいる。本書の中にも行ったことのある喫茶店が多く、また立ち寄りたいという思いに駆られた。名前は知っているが行ったことのない喫茶店やそもそも名前すら知らなかった喫茶店も多く紹介されており、私の中の喫茶店欲が終始刺激されていた。喫茶店の名前を知っているだけで、実際に訪れるという経験を踏んでいない私、反省だ。
 表紙の美味しそうなスイーツは京都河原町にあるソワレで食べられる。興味を持った方は是非。ちなみに、本書で紹介されている喫茶店で私が一番好きな店はぎおん石です。

 最後がどういうわけか喫茶店の紹介になってしまった。では、また今度。

#読書 #新書 #光文社新書 #集英社新書

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