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【書評】天皇の戦争責任(橋爪大三郎 加藤典洋 竹田青嗣 径書房)

11代伝蔵の書評100本勝負32本目
 以前書評に挙げた「皇国史観」(片山 杜秀著 中公新書)を読んで以来「日本人として天皇の問題は一度ちゃんと考えておいた方がいいな」と思っていました。僕の生まれた時の天皇は昭和天皇で、そのご崩御も体験していますから天皇のことを考えるなら一番身近な存在です(畏れ多いですけど)。そして昭和天皇といえばよく取り沙汰されるのは「天皇の戦争責任」です。「今更天皇の戦争責任でもないだろうよ」と言われる向きもあろうかと思います。しかし昭和天皇は唯一大日本帝国憲法下と日本国憲法下で在位された天皇ですし、現代にまで続く皇室を巡る問題を考える上でもまず昭和天皇の戦争責任について知り、考えることから始めるべきだろうと思ったのです。そして手に取ったのが本書でした。天皇の戦争責任については思想の立ち位置によって内容が大きく変わるだろうと予想されました。それらにある程度目を通してから判断し、考えるのはちょっとしんどいなと思ったわけです。その点本書のような鼎談ならそれぞれの立場からの考えが手っ取り早く吸収できるだろうと思っていましたが、浅はかでした。600ページ近い分量ですし、橋爪大三郎、加藤典洋、竹田青嗣という読んだことはないけれど、相当難しげなことを日頃から考えていそうな人達ですから、一読しただけでは全部を理解できませんでした。ただ竹田さんを司会役(行司役?)にして橋爪、加藤が対論を交わすので、読み応えもあり、知的な刺激を受け、それぞれの考えの一致点と相違点もある程度はっきりすることで今後この問題を考えていく上での道標となったとは思います。
 この本を読む前、僕は何となく次のように考えていました。
「大日本国憲法では主権者は天皇だ。陸海軍の長でもある。その天皇の名の下で戦争が始められ、終わったのだから、法的にいっても天皇に責任がないというのはおかしいだろう」です。
 ところが「少なくとも大日本帝国憲法下では天皇の法的な戦争責任はない」という点で立場の異なる2人(橋爪、加藤)の見解は一致しています。その根拠として第三条「天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」とあるからだとします。う〜む、僕は憲法について考えたことはほぼないし、法律についても疎いので説得力はないですけど、この条文をもって天皇の法的責任が免除されているとは思えません。「<それなら天皇は法的責任を負わない>ってはっきり書いてくれよ」思ってしまいます。ただ大日本帝国憲法と日本国憲法の条文は対応しているらしいのですが日本国憲法第三条は「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。」となっています。ここから逆に大日本帝国憲法第三条は前述の解釈(天皇は法的責任を負わない)が出て来るのかもしれません。法律ってちょっと回りくどいですな。
 前述したように本書を読むまでは「天皇の戦争責任はあるだろう」とぼんやりと考えていたのですが、読了後は「天皇の戦争責任は問えないのではないか」に変わりました。それは「法的にも同義的にも天皇に戦争責任はない」という橋爪さんの発言に一定の説得力があったからでした。橋爪さんの昭和天皇に対する評価は高く、皇統の一員として神秘性を持った天皇という立場と大日本帝国憲法を遵守しようとする近代的な立憲君主との矛盾を引き受けつつ、戦前も戦後も立派に立ち振る舞ったというのです。橋爪さんの発言は思考の連続性があり、矛盾がないとも思いました。ただ、加藤さんからも指摘されていますが、橋爪さんの昭和天皇評はちょっと甘すぎると思います。例えば張作霖爆殺事件で天皇は首相田中義一を叱責した上、辞職を迫ったと言われていますが、こういう権限は天皇にはなく、越権行為です。ところが橋爪さんは「若気の至り」で済ませています。一方加藤さんの方は、昭和天皇の戦時中の振る舞いについて、厳しい意見です。「結果オーライのご都合主義」などの厳しい批判の言葉が並びます。これは印象批判かもしれませんが、加藤さんの批判の言葉はちょっと厳しすぎないかと思いました。ただ、昭和天皇が戦時中の行為について、戦後になっても何の発言をせずに死んでいったことや戦争で日本人300万人が死んだのに戦後退位しなかったことに道義的責任があるという加藤さんの主張は一定の説得力を持つのではないでしょうか。加藤さんに対する橋爪さんの反論「憲法に退位について規定がないのだから、憲法を尊重する天皇が退位するはずがない」はその後の天皇家を巡る出来事を考えると非常に暗示的です。言うまでもなく、明仁天皇の退陣です。その退陣は明仁天皇が国民に向けた個人的なビデオメッセージが政府を突き動かし、退陣規定のない皇室典範の特例として認められました。前提として明仁天皇、そして美智子皇后ご夫妻の人柄や国民からの強い支持により、認められた面も強いかと思います。また明仁天皇はビデオメッセージにおいて健康面の不安も吐露されていますが、逆に国民から不人気で、健康面でも問題ない天皇が退位を口にしたらどうなるのでしょうか?僕も明仁天皇の退位を支持する1人ですが、今回特別法で対処したのは今後に課題を残すと思います。この件について司会役の竹田さんや、橋爪さん、加藤さんに意見を聞きたいというスケベ心はもちろんありますが(残念ながら加藤さんは鬼籍に入られました)この本を読んだからには、まずは自分の頭で考えてみたいと思います。20年以上前に出版された本ですが、未だに示唆に富んだその内容は魅力を失っていないと思いました。

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