「ぼう」

あの時これを握って振り回していたのはなんでだったんだろう。
たぶん、怖かったんだ。

学校が終わってからは行くところがなかった。だからこいつらと一緒に遊んでいた。もともと気の合う友達ではないと言うことはお互い気づいていたんだろう。しばらくすると遊ぶ内容も少なくなっていった。そんな時にあの浜辺に行った。特に誰かがここに来たいと言ったわけではなかった。

それを見つけた時、最初は怖かった。こんな場所まであれがくるとは教わっていなかったからだ。どうでもいいこいつらとも今だけは気が合った。俺を含めてあほづらがあれを見つめていた。ゆっくり近づいて様子を見た。
すると次第にさっきの興奮が冷めていくのがわかった。



この高揚感を忘れたくなかった。冷えていく熱をそのままにしたくなかった。それで俺たちは近くに落ちていた「ぼう」を手に取って、振りかざした。本来これはここにいるはずのないもので、異質で、無くす必要があると頭の奥の方が叫んでいた。見慣れない年上のやつが助けに来たのはそのすぐ後だった。

とてもバツが悪かった。言われてみればそうだ、と思った。恥ずかしかった。さっきとは違う部分が熱かった。惨めだ。

馴れ合いの奴らとはこの日以降会うことは無くなった。これも特に、誰かが言い出したわけではなかった。心を入れ替えた、と言って仕舞えば綺麗事だ。またとりあえず臭いものに蓋をしただけだと思う。でも、これでいいなと思った。


数十年が経った。俺はあの幼い時の小さな出来事から心を入れ替えることができただろうか。結婚はできた。子供もできた。最近孫もできた。うまく行っているのかどうか、と言うのは他との比較でしかわからない。しかし、あぁ人生楽しかった、と言うのは少し自分勝手のような気もする。

たまたまあの浜辺を覗きに行った。思い出したのが今日だったからで、それ以上の理由はなかった。もしあれにあったら、俺は素直に謝れるだろうか。不安な思いが募り、居ないで欲しいと願いながらも、なんとなく足は動いてここについた。

見るからに老けた爺さんが、誰が見ても明らかに狼狽えていた。
周りをキョロキョロしては慌てていて、立つこともままならない様子だ。



あの高揚感を思い出した。冷えていく熱をしっかり感じた。それで俺は近くに落ちていた「ぼう」を手に取って、爺さんに渡した。本来これはここにいるはずのないもので、異質で、助ける必要があると頭の奥の方が叫んでいた。見慣れない年上のやつは今、どうしているだろうか。


「棒」は、悪い空間を遠ざけるために人類が発明した最初の友達だ、と安部公房は言った。

でもこれなら、なわ。

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