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転生vol.5

カウンターに立つこともだいぶ様になってきた…
ような気がするこの頃。
僕をこの世界に誘い込んだ彼女は、変わらずに3日に1度はBARに立ち寄ってくれた。
いつ見ても美しい彼女。
ここのマスターとの関係性とか、気になることはたくさんあって、彼女がカウンターに座っていると、僕は少しだけドキドキした。
日が経つにつれて彼女との距離感も縮んでゆき、冗談を言い合ったり、彼女の奔放さを僕が叱ったり、色んな会話をするようになった。
だけど、彼女はひとつだけ、僕に許してくれないことがあった。

タメ口で話すこと。

正確には、、、あなたの言葉丁寧で好きよ。綺麗な敬語を使うのね。

そんな風に言われてしまったおかげで崩せなくなってしまったのだ。まぁ、彼女は歳上だし、敬語を使うのも当然だったので特に違和感は感じていなかった。
むしろ、敬語の方がしっくり来るような気さえした。
そしてこれは気のせいかもしれないけど、僕が彼女の名前を呼ぶと、彼女は毎回、少しだけ驚き混じりの表情でこっちを向いた。
マスターが呼び捨てで彼女を呼んでも、軽やかな口調で「はーい」と返事をするのに。

彼女の名は、祈子。
祈る子と書いてレイコ。

「祈子さん、珍しいお名前ですね。」

僕がそう初めて呼んだ時、彼女は一瞬だけ沈黙し、
「両親は何を祈ったのかしらね。ま、気に入ってはいるけどね」と明るい笑顔で応じた。
声は明るかったのに、何となく悲しそうな表情に見えて、僕は何かいけないことを言ってしまったのかもしれないと、少し動揺した。


今日、ある客がこんな注文をした。
「いつだったか、飲ませて頂いた綺麗なパープルのカクテル、あれなんだったかしら?神様、みたいな名前の!」
神様か…ゴッドファーザー、ゴッドマザーはパープルではないし…バイオレットフィズ、ブルームーン…

「マスターのオリジナルでしたか?」
思い当たるカクテルがなかったのでオリジナルかと思って尋ねると、
「そうかもしれないわ。でも、マスターじゃなくて以前ここにいたバーテンが作ってくださったのよ」
「そうでしたか。ちょっと確認して参りますね」
「いいのよ。一期一会だったのかもしれないわ」

この後、この客は僕のオリジナルをそれなりに美味しそうに飲んで、帰って行った。
綺麗なパープルのカクテルか…記憶に残るオリジナルを作れるのはバーテン冥利に尽きるな。
僕はその後でどんなカクテルだったのかを知りたくて、マスターに聞いてみた。

「あぁ、きっとそれはPray to GOD だな」
「プレイトゥゴッド、、、」
「そう。前のバーテンのね、唯一のオリジナルだ」
「そうでしたか。飲んでみたかったな」
「うちの店の幻のカクテルってやつだな。ま、お前さんもいつか作ってくれよ。リピーターを呼ぶカクテルをさ。」

マスターの期待は嬉しかったが、少しだけ、過去の弱気な自分が顔を出しそうだった。


神に祈る


前のバーテンは、もしかしたら、祈子さんに恋をしたのではないだろうか。

ふと、そんなことを思った。

つづく


読んでくださるだけで嬉しいので何も求めておりません( ˘ᵕ˘ )