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中編小説「青臭いフェイクと味気ない真実」5

何気ない日常や青春にSNSや過去の記憶が浸透し、青臭さが暗く肥大化したとき、惨劇が起きる。そして登場人物の真価が試される。「今を生きる人々誰もが無関係ではいられないテーマ」の小説!第五弾!

「俺はヒカリと付き合っている」ペラいと見下してたトオルの衝撃の告白。そして突きつけられる証拠。更に「ペラくない同志」と思ってたユウタに関する新たな事実を知り、ユウタの評価が下がる中、「俺」も過去を思い出し、つらくなっていく。見下してた奴と同じ穴に落ちていく感覚に強い恥を覚えた時、ヒカリと昔した話が浮かび、心に意外な感触を覚える。

暗い店内。テーブルの上に、仄かに光るランプがあって、顔を寄せ合うヒカリとトオルが照らされている。笑顔の二人。店員に撮ってもらったんだろう。今日はありがとう。トオル。写真もありがとう。大好き。ヒカリのメッセージ。うん。俺も楽しかった。ヒカリありがとう! トオルのメッセージ。昨日の十一時過ぎのやり取り。こっちは入る隙間も無いのに、こっちの心には容赦なく入り込んでくる、付き合っているという事実。

「まあ、一応伝えとこうと思って。後、ユウタ、公務員の勉強止めたらしいよ」

 故障した映写機が回りだす。壊れたままで。真っ暗な部屋。サーチライトが付き、丸い光の円形の真ん中にユウタが立っている。ユウタが喋る。俺、昨日ヒカリと会ってたよ。手元の携帯が光る。俺、昨日家にいたわずっと。彼が喋る。俺コツコツ公務員勉強してるわ。手元が光る。もうやめちまったわ、なんか面倒で。喋る。俺にはトオルの知り合いみたいな、やたら目立ちたがる奴とか、もういないわ。光る。リクだって気づいてただろ。ああいうのとずっと仲いいから、トオルのインカレで浮いてる話とか披露できたんだよ。喋る。俺、トオルと違って堅実だろう。光る。

 ほら、リク。今度はお前の番だ。光の中入れ。

 「被疑者」交代。携帯が光る。なあ、さっきリクが俺に聞いてくれたこと。そのまま俺もリクに聞きたい。リクは本当に堅実? やってること人と比べたりしてない? 比べてるとして、何を基準に比べてる?

 俺は黙る。サーチライトに照らされる俺をじっと見ていたユウタがいなくなる。代わりに俺を照らすサーチライトが大きく広がっていき、白い天井や等間隔に区切られたブースが並ぶ、無機質な空間が現れる。俺がバイトしている個別指導塾。ブース群の手前には受付があって、そこで塾長と一対一で向き合っている。もう時計は十時を示していて、生徒はいない。

「なあ、こんなこと言っちゃ悪いけど、もうちょっとちゃんとやってくれないか。やってるつもりなのかもしれないけど」
「あ、はい」
「あのさ、具体的なことも先週言ったけど、それ以前にさ、生徒さんは日々学校でも勉強して、塾に備えて家でも宿題とか準備してくるんだよ。その場その場でやればいいやじゃなくてさ。ちゃんと教える側として準備してさ、一回一回堅実に授業してくれよ。お金貰ってるんだからさ」
「はい」
「具体的に何をどうするべきか、もう自分で考えてくれ。じゃあ、お疲れ様」

 塾長からの注意。あの時、俺の胸はチクチク痛み、次の出勤前は少し憂鬱だった。雑な説明。準備不足。教える側なのにしょっちゅうする欠伸。眠気覚ましのため何度も行くトイレ。教え子の親に伝わり、苦情。確かに少し、マズかったかもしれない。サーチライトの明かりが狭められていき、塾は消えていく。俺の目の前に、ユウタと俺自身が現れた。もう一人の俺が横を向いて、誰もいない暗闇と喋る。

「なあトオル。このままだと俺もユウタもヒカリも心配だからさ、もう少し堅実に生きてくれよ。堅実に生きてるつもりなんだろうけどさ。具体的にはSNSにアップするために金かかりそうなパーティとか旅行とか、イベント行きまくるのはまずいんじゃないの。ちゃんと一回一回の授業に出てさ。な。親に学費払ってもらってるんじゃないの。まあ、お前自身のことだから、自分で考えてくれ」

 もう一人の俺の横に立っているユウタ。彼の目の前に細いヒモが落ちてくる。彼はそれを握りながら話す。

「リク。俺だって反省してるけど、トオルがミキとかその仲間がアップする、NYのキラキラ摩天楼写真みたいな、華やかな空気をモノサシにしてるとしたら、俺達はリクが受けた説教みたいな、社会人だか世間様だかの空気をモノサシにしてたんだよ。だからリクもトオルに似たような説教する訳よ。でも、その空気を吸って苦しいのはリクお前じゃね? 俺は別にいいけど」

 ユウタがヒモを引っ張る、サーチライトが消え、映写機も止まる。階段の真ん中。下を向いて携帯をいじるトオル。現実。コイツみたいに生きたくない。でも俺もコイツと比べ合ってただけ。ヒカリはコイツと付き合ってる。ヒカリはコイツと付き合ってる。そしてユウタはウソツキ。虚しい。

 ふと、緑のフェンスの向こうにある、ヤシの木が目に留まる。無造作に剣のような葉をさらけ出している。地面を好き勝手に突き抜け、潜る太い根。体育館の隅っこで生き生きとしている植物の世界。暮れて来た陽光に照らされ、南国の趣がある。太い根はどこまでも広く、深く伸びていき、東京中を地下から覆っている、という妄想をしてしまう。

さっきから変なことばかり考え過ぎて、気が急いて息苦しいことに気付き、胸の中で四秒カウントして息を吸い、六秒カウントして息を吐いていく。

 そして何故かヒカリとカレー屋でした話を思い出し、そのまま泥酔した日にミキに介抱されたことを思い出した。
 
 あの雪の日、昼ご飯を食べたのは二時半過ぎだった。飯田橋駅の近くにあるカレー屋に入り、お互いお腹を盛大にならしながら、カツカレーが来るのを待った。

「あのさ、リク」
「ん」
「ミキに対して、本気でムキになっちゃってるでしょ」
「まあ、最近はあまりよくは思ってないな。変わっちゃったなって」
「ミキ、多分リクのこと、気になってるよ。私の勝手な推測だけど」
「……」
「ミキ、恋愛の話とか、ほとんどしないんだよね」
「女同士なのにしないんだ。恋愛の話」
「意外とねえ。まあ、お互い打ち明け合うと仲良くなれるんだけどね。男の子も一緒か」
「まあ、ね」
「ミキと話、してみたら?」
「話?」
「恋バナ」
「!!」
「ほらあ、リクはニンゲンに対する切込みが足りないんだよ。もっともっとできるはずなのに。ムキになるのはそれからでも遅くないよ」

 はい、お待ち。カレーが来る。ご飯とは別の、銀の容器に入ったルーをかけ、丁寧にすくって食べるヒカリをじっと見る。どうしたの? と彼女は言い、それから思い出したとばかりに、俺の最近の諸々の問題点を言い、イジってくる。バイトのこともサークルのことも。でもどんなに「説教」されても、ムカつかなかった。こういうこと言ってほしいんでしょ?って感じで、チクチク刺されてる感じがした。その時は色々貯まってて、前日にSNSのメッセージでヒカリに全て悩みをぶちまけていたし。

 あの時ヒカリに言われたことが全て、鮮明に蘇ってくる。(続く)

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