202X。日本。~縮みゆく独裁国家。逃げ場の無い壁 どこにも無い壁②~

日沈み、地下出(いず)る国の反体制機関紙『スキゾちゃんぽん』第三号
※本機関紙を手に入れたラッキーなあなたへ。末尾にあるQRコードを読み込めば、次号以降の配布予定箇所がわかります。しかし! 弾圧回避のため大概場所が変わります。


・「ある女性の裕福だが孤独過ぎる暮らし」②
 A美さんは雨の中、傘もささずに濡れている女性に駆け寄った。歳は相手の方が4、5歳上だろうか。大きな目がじっとこちらを睨んでいる。肩にかかるくらいの黒髪と真っ黒なコート。一昔前に流行った某ダーク系アイドルのセンターに似てなくもない。
 聞くと、有海(あみ)という名前らしい。A美さんは一瞬「あること」をするか迷った。さすがに無茶かもしれない。でも、「あること」をしなかったときに、変わらず続くだろう孤独に胸がズキンと痛んだ。
 彼女は素性も何も知らない有海を、タワマンの部屋に上げることにした。

 たまに両親が次の日の朝まで帰らないことがある。「今日帰れない」という連絡すら来ない。そして今日はその日のようだ。
 日付が変わる時間になり、雨もやみ、雲間から月が顔を覗かせている。寒いが空気はスッキリしていて、全く眠くならない。

「実は私、A美の両親を暗殺するのが目的なのよ」

 平然となされる有海の衝撃告白。というよりもいきなり言われて信じる方が難しい。

「A美。親が何してるか知らないでしょ。東京には海沿いを中心に、何か所か『隔離地区』がある。ほら、最近誰々が行方不明とかいうニュース多かったと思わない? そう、ニュース見ないの。なんか完全にA美、社会から孤立してるね。まあいいや。それでね、ニュースによれば行方不明者は皆、反社会勢力、もしくは反政府勢力とつるんでいた、ということになっている。違和感を覚えて、インターネット上と現実、両方に網かけて必死に調査したら、『行方不明者』は隔離地区にいるんじゃないか、ということを突き止めた。でもね、最近人を入れ過ぎてキャパオーバーらしいのよ。あそこ」

 小さな声で、だけど一言一言をはっきりと聞こえるように喋る有海。

「で、あなたの両親は隔離地区にこれから撒く予定の薬品の研究、仕様、影響等を調べてるわけ。薬品を撒けば『隔離地区』にいる人はどうなるか予想はつく。だから殺さないといけない。あなたの両親を」

 なんかとんでもない人を部屋にいれちゃったな、とA美さんは苦笑した。

「何か可笑しい?」
「そりゃそうだよ。やけに正直に話すなあ、って。計画遂行にはデメリットばかりじゃん。そんな話しちゃったらね」
「まあね。私も実は迷ってるんだ。どんな理由であれ、人を殺すことになるし」
「誰かから命令されてる、とか?」
「うん。まあ両親から虐待されてて、夜の繁華街うろついてたら助けてくれたから、命の恩人でもあるんだけどね。さすがに殺しはね」

 有海は濃い赤色のスマホを取りだし、様々なグラフが映っている画面を、A美さんに見せた。

「これ、スコア認証アプリ。国営のやつを流用して、私に命令したボスが作った。今の発言もボスに聞かれてる。でも、聞かれないと思ってスマホを短時間でも電源ダウンさせると、不自然だってなって、『防諜ポイント』がダダ下がりする。電源付けたままどこか離れたところに置いといても、体温をスマホが感知してないとなり、『危機管理ポイント』がダダ下がりする。一つのジャンルでもスコア0になればボスの仕事からはクビ。そしてこの世からも、クビ」

 自分の首が切られるジェスチャーをする。

「でも、それ平気で計画バラす理由にはなってないよ。私には何も言わなきゃいいだけ。それこそ何かのポイントゼロになっちゃうんじゃないの」
「そうね。でも。例外があって、露骨にボスに疑義を表明したり、批判するのは認められている。コソコソやると駄目だけど」
「なんか変なところでミンシュシュギだね。変過ぎるよ」
 A美さんは笑いを抑えられない。有海はずっと、起きたまま夢を見ているんじゃないか。
「前はそんなこと認められてなかったよ。でも一回政府に買収されて、密かにボスの暗殺を目論んだ奴がいて、本当に寸前まで気づかれなくて、危ないところだったことがある。それからボスの考えが変わって、今の奇妙なルールができた。というか、少なくても1か月に一回はボスへの不満や疑問を表明しないと、『主体性ポイント』が僅かながら落ちるようになっている。コソコソしてる奴に本当に殺されちゃうよりは、堂々と『死ね』と言う奴とギリギリのところでやってく方がマシ、というのがボスの考え。最悪カネでも積んで組織を辞めて貰えばいいし」

「ふーん。でもやっぱり変だね」

「ボスは『今という時代を生きる人間は、自分自身を含めて、精神的にも金銭的にも余裕が無いから、嘘を付くのも下手だし、それを見破るのはもっと下手なんだよ。だから正直に「死ね」って言って貰った方が傷つくけど、いくらかマシ』って考えなんだって」

「そっか、じゃあ有海。私に『死ね』って言ってみて」

「死ね」
そう言って有海は、A美さんの頬に軽くキスをした。(続く)

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