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忘れへん

 認知症の症状が進んでしまった人のことを、「家族や知り合いのこともわからない状態」という言い方をしてきた。
 けれど、それは間違っている。
 家族や知り合いのことがわからないのかどうかは、本人にしかわからない。
わかっていも、他者から見て、わかっているような反応ができないだけなのかもしれない。
「家族や知り合いに会っても、それらしき反応ができなくなった状態」と表現するのが、きっと正しい。

 認知症の義母は、頭の中で時代が行ったり来たりしているので、夫(義母の長男)の現在の姿がわからないことが多い。息子はまだ子供の姿のままなのだ。

 義母は、息子の姿を見て、「知らんおっさんが入ってきた。」とよく言う。
私は、「ほんまやなあ、知らんおっさんが来たなあ。」とテキトーに話を合わせている。
 時折、調子に乗って、「誰やろ?悪い人かなあ?」と聞くと、義母は「悪い人ではない!」とキッパリ言うので、(ゴメン、言い過ぎた)と心の中で舌を出す。

 今日も義母が息子の姿をボーッと見つめていた。
「知らんおっさん」と言われる前に、夫が自分自身を指して「タロウやでぇ。」と言った。
 10秒経って、

「忘れへんわ。バカッッ。」

と義母は言い放った。

 義母は、色んな時代が交差して、現在の息子の姿がわからないこともあるし、そのうち、誰の顔を見ても、何の反応も示すことができなくなるかもしれない。
 けれども、家族を忘れることはない。
 ましてや、自分の子供のことを忘れるはずは、決してない。

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