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将棋だけが生きる理由だった少年の未来 『盤上の向日葵』 #626

次はどの小説を読もうかなーと思うとき、追っかけている作家で選ぶこともあれば、おすすめされている本を選ぶこともあるのですが。

まったく知らない世界の話だったら……!?

その世界をどう感じればいいのか、不安になってしまいませんか?

ミステリーの名手・柚月裕子さんの『盤上の向日葵』は、将棋の世界が舞台です。超名人のベテランがいたり、スーパースターの若手が登場したり、話題が尽きない将棋界だけど、わたしはまったく知らないのでした。

でも。

『盤上の向日葵』には、猛烈に引き込まれる。山中で発見された白骨死体から始まる謎が気になって、めっちゃ分厚い本なのに徹夜して読んじゃいました。将棋界に、またひとつ“伝説”登場かも。

<あらすじ>
埼玉県天木山山中で発見された白骨死体。遺留品である初代菊水月作の名駒を頼りに、叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志していた新米刑事・佐野のコンビが捜査を開始した。それから四か月、二人は厳冬の山形県天童市に降り立つ。向かう先は、将棋界のみならず、日本中から注目を浴びる竜昇戦の会場だ。世紀の対局の先に待っていた、壮絶な結末とは―!?

柚月裕子さんは、2008年に『臨床真理』で「このミステリーがすごい!大賞」を受賞し、デビューされています。心理描写が繊細で、構成が緻密なのが特徴でしょうか。

『盤上の向日葵』は、異端の天才棋士・上条桂介の生い立ちを紐解く形で進みます。母を亡くし、父に育児放棄され、自ら新聞配達をしてお金を稼いでいた小学生の桂介。元教師の将棋愛好家と出会い、トレーニングを受けるようになります。

現代パートには、白骨死体が抱えていた将棋の名駒を捜査する、ベテラン刑事と若手刑事のコンビが登場。このベテラン刑事のおっちゃんが、めちゃくちゃウザい。ワガママで傍若無人で、でも人の心をつかむ術は長けているんです。奨励会で将棋を指していた若手刑事は、うんざりしつつも、ちょっとずつ尊敬していきます。その尊敬も一瞬で崩れるんですが。笑

「初代菊水月作」のつくった将棋の駒は、ウン百万円もするものなのだそうですが、美術品のような「鑑定書」がないんですね。歴史が証明する名駒という世界にベテラン刑事は納得がいかない。将棋の世界を知らないおっちゃんのおかげで、同じく未知の世界を歩くわたしも助けられました。

ミステリー小説としては、「犯人は分かってるけど、理由が不明」な状況から始まります。そして、「殺されたのが誰か」も。

桂介の秘密が明かされたときには、あまりの展開に手が震えました。

勝負の世界に生きるといっても、「勝ち」への向き合い方はそれぞれ。とりつかれたように将棋盤に向かってしまうのは、絶望的な暮らしの中で将棋だけが生きる理由だったからかもしれない。松本清張の『砂の器』が好きな方は、ぜひ。


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