逃げる

誰一人として私を知らない街を歩く。そこら中の飲み屋が賑わっている。私はそこを、ただ一人で歩くだけ。このまま完全に陽が沈んで夜になって、私をさらってくれたらどれだけ幸せか。ただ待つだけで幸せになれる、そんな話が羨ましかった。努力をしている人間も、努力をやめた人間も、ただ待つだけの人間も、平等に幸せになれる最低な世界を祈った。
頑張らずに幸せになりたい。ドラマのような展開は希望しないから。今すぐに私を連れ出してほしい。美しいものだけを見て美しいものだけを聴いて生きていたい。この世を直視し続けたら私はきっと気が狂うだろう。私は私自身を幸せにしたいのに幸せが何かわからない。全てを失くせばいいのかもしれない。愛も夢も嫌悪も憎悪も忘れてしまいたい。忘れたまま幸せになりたい。世界なんてもうどうでもいい。結局私は誰も救えない。
もう余裕なんてどこにもないな、と思った。この数週間、崩壊しない方がおかしいのだ。何も起こっていないのに悲しくて寂しくて苦しい。世界がゆっくり私を追い詰めていった。誰かに優しくしたり言葉をかける余裕なんてない。私だって叫んでしまいたい。何度思ったことか。助けてほしいって。言わなきゃわからないけど、言えばもっとわからなくなる。私の思いは私にもよくわからなくて、そんな心、他人がわかるわけがないから。
信号が赤になった。この白線を超えていけば私を含む何人かの人生が終わる。他人に迷惑をかけるなと言われた人はちゃんとした教育を受けたはずだけど、その中の何人が自分の守り方を教わったのだろう。誰も自分を守る方法なんて教えてくれなかった。教わったのは人を傷つける方法だけ。青に変わると同時に歩き出す人々。まだ夜は深まらない。騒ぐ若者、急ぐスーツ姿の人々に紛れて歩く。ずっと歩いていたから疲れてしまった。あとは家に帰るだけなのに、それが途方も無いことのように思えた。もうこのまま突然ここで倒れて眠ってしまいたい。そうすれば私は病名をもらえるけど、病気になれば家族は自分を責める。それは嫌だ。もう無限ループだ。何もかもが傲慢で何もかもが最低だった。それでも私は、そんな傲慢のままで幸せになりたい。最低のままで幸せになりたい。そうやって幸せになれば酷い世界がちゃんと見えるだろうか。私は現実を見れるだろうか。もう夢は見たくない。希望は知りたくない。そんなものはいらないから、私は幸せになりたい。そうして私は横断歩道で立ち止まったまま、夜になるのを待っていた。なんてことはなく、今日も私は家に帰る。

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