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お月さまとのやくそく

大人と子どものための童話


                                  ぼくの部屋には                            とても大きな窓がある。

ぼくは、この窓から                              夜のお空を見るのが好きなんだ。

ピチクチャ                             おしゃべり好きな小鳥さんは                      もうねたかな?

雨がふるとケロケロなく                       小さなアマガエルさんも                           ねたかな?


しずかな、しずかな夜。
窓から大きくてまるい
お月さまが、ぼくを見ていた。

「やあぼうや、こんばんは」
空から声がきこえてきた。
「お月さまなの?お月さまって、
おはなしできるの?」
「できるとも」
「でもパパもママも、
お月さまがおはなしできるって
おしえてくれなかったよ」

お月さまは、
すこしかなしそうな顔をした。
「むかしは、みんな、
このわたしとおはなし
ができたんだよ。でも、
いつのまにかわすれてしまった」
「どうしてわすれたの?」

お月さまは、ほーっと
長いためいきをついた。


「いそがしすぎるのだよ。
このごろじゃあ、空を見あげる人だって、
ほとんどいない」

「ぼくは、
夜のお空を見るのが大好き」
「わたしは、
いつもぼうやを見ていた」
「ほんと?うれしいな。
だって、たったひとりで
ベットにいるのは
さびしいもの。
ぼく、ねるときね、
ママといっぱい
おはなししたいの。
でもパパもママも
いそがしいから
ダメなんだって。
どうして大人は、
いつもいそがしいのかなぁ?」

お月さまは
何もこたえてくれず、
ただにっこりとわらった。

すると、お月さまの金色の粉が
目にはいってきて、
ぼくはしらないうちに
ねむってしまった。


次の日の夜も、
まるいお月さまは
ぼくを見ていてくれた。

「お月さま、こんばんは」
次の日の夜も、まるいお月さまは
「やあぼうや、こんばんは」

「ぼくね、お月さまとおはなししたよって
ママにおしえてあげたの。
でもママはね、夢をみたのねって
いったんだ。パパもおじいちゃんだって
夢だねっていうんだ」


ぼくは悲しくなって
ぽろぽろとなみだがでてきた
「ぼうや、泣かないで。
だれも信じてくれなくても
わたしとぼうやは
ほら、今、こうしておはなししているだろ?」
「うん」

「だったら、
それでいいじゃないか」

そういって、
お月さまはわらった。

お月さまのわらい声は
鈴のような音がする。


「ぼうやはきのう、
どうして大人はいそがしいの?
ってきいただろ?
どうしてかおしえてあげよう。
大人はね、
とても大事なことを
わすれようとして、
わざといそがしくしているのだよ。
いそがしくしていないと
その大事なものが
ムクムクと大きくなってくるからね」

「大事なものってなあに?」
「ずっとおくにしまってある
心の声だよ」
「こころの声ってなあに?」
「ふふふ」
お月さまは、
おかしそうにわらった。
「それは今度おしえてあげよう」

「ほんとに?」
「ああ、やくそくするよ。                         さあ次は、わたしがきく番だ」



「お月さまは、なにがききたいの?」
「ぼうやが、好きなものを                      おしえてくれるかい?」

「ぼくが好きなのは、お花だよ。                      あのね、お花に水をあげるでしょ                   そうするとお花が、                              とってもうれしそうにするんだよ。                  そしてね、いいにおいを                        いっぱいだしてくれるんだ」 



「そうかい。じゃあ、お花のほかに                  好きなものはなにかな?」

「ぼくね、砂あそびも好きだよ。                    おひるねしてから、                         クツをぬいで砂場にはいるの。                      そうすると、足のうらが、                      とってもあったかいの。                          こしょこしょって                          くすぐられるみたいにあったかいの。
でもね、はだしになると                       ママがおこるの。                             砂が足にくっついて汚いでしょって」 

「ぼうやは、はだしが好きなんだ」
「うん、大好き。                             はだしで公園の芝生をあるくと                     少しチクチクしておもしろいんだよ。                        それにね、ぼく風さんと                       おはなしするのも好きなんだ」

「ほう、ぼうやは風とも                        おはなしができるのかい?」


「うん、そうだよ。                                風さんはピューピューっていったり                   ゴゥーゴゥーっていったり                         それに、ぼくのほっぺたを                      やさしくなでてくれるんだ。
あのね、公園に                           ドングリの木があるの。                       でも、ドングリは                                       とっても高いところにあったから                              ぼく、とれなかった。                             そしたら風さんが、                            ピューってふいてくれて、                          ぼくのあたまの上にドングリを                    ポトンポトンって落としてくれたんだ」  

ぼくは好きなものをいっぱい思いだして                     とってもうれしくなった。

お月さまも                             うれしそうににっこりとわらった。  

すると金色の粉が                          目にはいってきて                          ぼくはまたねむってしまった。


次の日は、雨がふった。
それからずっと雨ふりだ。
ケロケロケロ、カエルさんがないてばかり。
お月さまは、どこにいってしまったの?


ようやく雨がやんだ。                      

お月さまは、                            またぼくのところにきてくれた。
でも、もうまんまるじゃない。                    とても細くなっていた。

「お月さま、どうしてそんなに                            細くなったの?                              雨がいっぱいふったから                       とけてしまったの?だいじょうぶ?」 

「ああ、だいじょうぶだよ。                          ねえぼうや、今夜はもういちど                         ぼうやの好きなものを                        おしえてくれるかい?」  


「うん、いいよ。                           あのね、ぼくカブトムシも                       アイスクリームも電車も大好き。                   でもいちばん好きなのは、ママだよ。                  ママがぎゅっとだっこしてくれると                   とってもいいにおいがするの」

「ぼうやは好きなものを思いだすと                      どんな気持ちになるのかな?」
「気持ちってなあに?」
「うーん、じゃあ好きなものを思いだすと                 ぼうやのどこがあたたかくなるのかな?」

もういちど大好きなものを                        思いだしてみた。


「ここだ。ここがあったかいよ」
ぼくは、きゅーんと                         あったかくなるところをたたいた。

「ぼうやは、ずっと前に                             こころの声ってなあに?ときいたよね。                 そのあたたかくなるところが                        こころというものなんだよ」

「ここに、こころがあるの?」


「そうだよ。大きく息をする。                       風や花、生きとし生きるものすべてと                 友達になる。                             笑って、好きなものをいっぱいみつける。                好きなことをいっぱいする。                     そうすると、                            こころがあたたかくなるんだよ」

「ふーん。でもぼくは                        いつもそうしてるよ」


「そうだね。でも、大人はちがうんだ。                          おもいっきりわらうことも                      大好きなことを思いだすことも                         わすれてしまった。                         本当の自分をかくして                             別の仮面をかぶっている。                       こころの声をききたいのに                       きくのがこわいから                         いつもいそがしいふりをしている。                         こんなのつかれるだろうにねぇ」  

「じゃあ、いそがしいふりを                      やめればいいのに。かんたんだよ」

「そうだね、ぼうやのいうとおりだ。                 かんたんなことなんだ」

お月さまは、わらった。
でも細くなったお月さまは                       わらい声まで細くてきえそうだった。 


次の日のお月さまは                            もっと細くなっていた。
もうあの明るい光も、なくなっている。

「お月さまは                            どうしてそんなに細くなってしまうの?」

「ぼうや、よくおきき。                                           今夜はね、わたしとぼうやが                          おはなしできる最後の夜なんだ」

「どうして?                                 ぼく、もっとお月さまと                                   おはなししたいよ。                                ぼくの大好きなものを                          もっとおしえてあげたいよ」

お月さまは                             青白い光をぼくになげかけてくれた。

「ぼうやはいい子だね。                            ぼうやは好きなことを                           いつまでもおぼえていておくれ。                           本当に好きなことをしていると                          どんなにきもちいいかを。
そしてパパやママにも                        思いださせてやっておくれ」

「でも、どうやったらできるの?」


「それはね                                     ぼうやがおはなししてあげるのさ。
ママ空をみて                                               あんなに青くてきれいだよ。                             ここにすわって目をとじてごらん                       風がはなしかけてくれるよって。                              空をみたり                                     いろんな音に耳をすませたりすると                      ママはゆっくり息をすることができる。                         そうするとママは思いだすんだ。                            大事なこと                             自分のこころの声をきくことを。


そうしたら、こんどは                             ママがパパにおはなしするんだ。
そしてパパは                                     パパのともだちにおはなしする。                          そのともだちが                           またちがう人におはなしする。
次から次へと                              たくさんの人が                              こころの声をきくことを思いだす。 


みんなが思いだすと                            やさしいきもちや                               あたたかいきもちがいっぱい広がっていく。
そうしたら                             世界中の人が幸せになれるんだ。
わかったかい?」

「うん、わかった。ぼく、やくそくするよ」


ぼくは細い細いお月さまの光と                           ゆびきりをした。

「おはなしできなくても                        わたしはぼうやといつもいっしょにいるんだよ」 

お月さまの声が                           しだいに小さくなっていった。


空のうえのお月さまは                         もうぼくとおはなししない。


でも、ぼくはわすれない                                お月さまとのやくそくを。


「お月さまとのやくそく」朗読動画

https://www.youtube.com/watch?v=3ukQlR-3Hos




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