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左手に缶コーラ。

 洗濯物を干していたら、家の前の通りを人が通り過ぎようとして、私がいるのに気がつくと、引き返してきて、声をかけられた。

 何かの工事関係者の格好をしているような、30代くらいの男性だった。

「すみません。お父さん。ここの先で工事が始まるんですけど、このあたりも工事車両が通ったりして、ご迷惑かけると思います-------」。

 なんでだか、やたらと軽い感じがした。ここの先、というあたりで左手をあげ、少し遠くを示しているのだろうけど、その左手には、今はあまり見られなくなった細めの赤い缶コーラを2本の指ではさむように持っていた。左手を動かすと、少し揺れていたと思うし、そのコーラのプルトップはすでに開いていた。

 それから、その話が続いた。


缶コーラ

 いろいろとなんだか微妙に不快にもなったので、ついこんなことを言っていた。

「私は、あなたの父親ではないので、お父さんはやめてくれますか」

「じゃあ、どう呼べばいいですか」

「別に、呼ばなくても、いいです」。

 それから先も、それほど変わらない内容を繰り返していたような印象があるが、なんだか、嫌な記憶だけが残った。

 まず、その工事のことが本当かどうか分からない。

 会社名を伝えるわけでもなく、工事があるときには、ポストにそのことを告げるチラシが入ることが多い。だから、その工事自体を疑ってしまっているし、こうした「あいさつ」のようなことをして、その家の人間の反応を見て、それによって、もっと心理的な距離をつめて、いろいろと聞き出し、点検商法などをする話も聞いたことがある。

 点検商法とは、「近所で行う工事の挨拶に来た」などと言って突然訪問し、「屋根瓦がずれているため点検してあげる」と言って点検した後、「このままだと瓦が飛んでご近所に迷惑がかかる」などと不安をあおって工事の契約をする手口です。

【事例4】
「近所で工事している」と言うので点検を依頼したが、近所の工事はうそだった。

(「国民生活センター」より)

 その男性は、そうした点検的なことは何も言わずに去っていったが、それは、こちらの反応が悪かったせいもあるかもしれない。


「右手に缶コーラ」の歌詞が耳に残るのは、松田聖子「渚のバルコニー」で、それは、作詞の松本隆が、その彼の軽い部分を表現していると思われるのだけど、左手であっても、片手でコーラを持って、その手を上げて、話しかけられると、ものすごくチャラい感じがするのは、よく分かった。

屋根

 それから数時間後、今度はチャイムがなった。

 玄関を出たら、門の外に工事関係者のような格好をしている、さっきの「左手に缶コーラ」よりも、若く、体格のいい男性が立っていた。

 警戒心が先に立ったが、その男性は、すぐに話を始めた。

 今度は、そのへんの工事ではなくて、道の向こう側に建つマンションの屋上の何かの部分が古くなり、その補修工事をやります。それで、日程は来週の水曜日から金曜日です。

 一応メモを取った。

 それで、わかりました。ありがとうございました、と言ったのだけど、まだ何かを話したそうだから、少し待ったら、うちの屋根を指差して、修理が必要では、と言い始めた。

 築50年を超える木造だから、あちこちボロいのは分かっている。だけど、貧乏だから、機能的に問題がない限り、ガマンすることにしている。それで、必要な時は、頼みたいところも決まっている。

 だから、そんなことを話したら、その男性は、「工務店ですか?」といったよく分からない質問をされたので、もちろんそうです、と答えたら、どこですか?とまで聞かれたので、そこまで答えることはないと思います、という答えを言ったから、もう帰ると思ったが、まだいたのだけど、それでは、工事のことはわかりました。わざわざありがとうございました。と言って、帰ってもらった。

工事

 屋根のことを言い出したから、とても怪しいし、もしかすると「左手に缶コーラ」とコンビではないかとも思ってしまったけれど、それでも、かなり具体的だったから、とりあえず来週までは信じようと思った。

 週が明けて、気がついたら、水曜日になり、週末になっていた。

 家の前のマンションの工事はなかった。

 だから、あの男性も本当のことを言っていたわけではなかった。


 やっぱり屋根のことを言い出したら本当に気をつけようと改めて思った。



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