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歳差運動4-①

今年度は体育教育のヘッドマスターになった。学校の標準語に翻訳すると体育主任である。これは役職名ではない。体育主任になったからと言って給与がアップするわけでもない。小学生でいうと、例えば生き物係のようなものである。生き物係が教室の生き物全般を請け負うのと同じように、体育主任は学校の体育と名のつく様々な行事、管理備品、指導計画などに関わり首を突っ込まなければならない。

体育といっても自分が運動をしてみせるわけではないが、教科の性質上、体を動かすことを他の教科以上に要求される。      お馴染みの白い粉を校庭に幾何学模様に撒いたり、ハンマーを担いで杭を打ち込んだり肉体を酷使するイメージを抱くと思うが、頭を使う、気配りをするなどきめ細やかな業務も求められる。巻き尺を持ちながらパソコンのキーを打ったり、広い校庭を歩き回る体力とともに連絡調整のため職員間を行ったり来たりする軽やかなフットワークも必要なのだ。

運動会など体育系の学校行事の計画や体力テストの集計、学校間の体育行事の企画運営、グランドやプールの維持管理、動かなくなったストップウォッチの点検など体育主任の業務は多岐にわたっている。さらには、学校内外からの問合せや苦情が一番多いのも体育主任である。だから、1年間職務を忠実に全うすると体重が数キロも減ることがしばしば見られる。しかも、その忙しさのために肝心要の学級経営が疎かになるという本末転倒状態に陥る憂き目に遭うことがある。職務バランスの取り方には注意が必要であり、プライベートな時間や余暇に浸る余裕などはほとんどないと思って間違いはない。

だが、ある意味、無尽蔵の体力が要る体育主任を50をとっくに過ぎた俺に何故やらせようとなったのか、冷静に考えると不思議だし理不尽に思えてきた…           俺を体育主任に抜擢する暴挙に出たのは前任校長である。昨年度末には校務分掌がある程度決められていたに違いない。学年の担任配置と並んで、音楽主任や体育主任は校務分掌の中で重要視されている。業務内容に特殊性があるからだ。             これは頭脳明晰な前任校長が緻密な脳細胞をフル稼働させて、職員の年齢経験専門性のデータを検索して得られた解析結果なのだろうか?

あの校長は俺のことを高く評価していたのだな…                  と一瞬だけ思ったが、すぐに、おそらく大本命の若くて体の動きに切れのある海老原が半年や1年で職場採用がリセットされる不安定な講師であるという身分を踏まえての決断だったとする、やむにやまれぬ校長の立場を俺は忖度した。              

職員室を見渡すと……          体重が増えすぎた教員や屋外に出るのが嫌いな教員ややる気のない教員や歳を取り過ぎた教員など、非体育系人材が群雄割拠している状態が明らかで、前任校長の選択は適切だったと容易に結論づけた。

こうして、職員の理解共有同意納得のもと、オヤジ体育主任が誕生したというわけだ。


~続く