歳差運動3-⑮

俺が文学好きだということはこの学校では知られていない。種田は文字などは追わず、野球のボールやサッカーボールの行方を追っている単なるスポーツバカというのが定説のようだ。まあ、当たっているに違いないが… 学校で文学やブックレビューの話題になっても知らぬ存ぜぬの態度を貫いているのは、あの文学教師の朝比奈を意識してのことにほかならない。文学嫌い偽装を余儀なくさせるアイツの存在が、俺の学校生活に暗い影を落としているのだ。

本は好きだったが子どもの頃の生活は苦しく、親に本などの贅沢品はねだれなかった。その代わり学校の図書室の本を片っ端から読んでいた。中でも滝沢馬琴の南総里見八犬伝や新諸国物語の紅孔雀などを家に帰るのを忘れて図書室でむさぼり読んでいた。その結果、学校の先生には叱られるわ、帰ってから親父に殴られるわで散々な目にあったのを今でも昨日のことのように憶えている。   家では、高校生になった六つ上の姉がバイトで買ってきた少年少女向けの月刊雑誌についてきた付録の物語を盗み読んだりしていた。話の展開はよく憶えていないが、少女が主人公で暗い話が多かった。吉永小百合の主演映画「キューポラのある街」に出てくるような、貧しくとも健気で、明るくたくましく生きる強い女性を描いていた気がする。読んだ後、俺たちと同じ境遇で暗い気持ちがしたが、大人の世界を垣間見ることができ、大人になった気がして妙に心地よかった。

俺は本当は文学が好きなんだ!

と、自己肯定感が持てたところで道徳の教材資料、つまり道徳的小咄を自分でつくってみようとする気になった。

だからすらすらと話がまとまった。


       まかせて

かおるは、朝からうきうきしていた。

いつもより早く目がさめて、そのまま起きた。二かいから下りると、ゆうべ帰りがおそかったお父さんが、新聞を読んでいた。

「おはよう。」

いきなり言われて、

「きょうはずいぶん早いじゃないか。何かあるのか?」

と、びっくりして答えた。

「早く目がさめちゃった。」

と、にこにこしながら食たくについた。


登校し、急ぎ足で教室に入ると、友だちがもう何人か来ていた。

「みんな、おはよう!」

あいさつすると、いつもとようすがちがう、というように、

「何かいいことあった?」

と、口々に言われた。

「ちょっとね。」

と、うれしそうに答えた。


そのうち、教室に正和先生がおいでになった。かおるは、さっそく、

「先生、きょう何か手伝いすることありませんか?」

と、先生に近づいて言った。

「朝からいきなり、どうした?」

と、先生は、少しこまったような顔でおっしゃった。

「特べつに何か仕事がしたいんです。」

先生は、しばらくかおるの顔を見ていた。そして、考えこみながらまどの下を見ていた。すると、草がのびほうだいになっている4年3組の花だんが目にとびこんできた。八じょうの部屋の半分ぐらいの広さだが、パンジーとざっ草が見わけられないほどになっていた。

先生は、少しいじわるっぽい顔で、

「じゃあ、学級花だんの草ぬきをしてもらおうか。」

と、言われ、

「オーケー!」

と言いながら、まっすぐ自分の席にもどった。


先生も手伝うということで、昼休みに二人で草ぬきをすることになった。二人で話をしながらやっていると、お客さんが来たというので、先生はしょくいん室に行ってしまった。草ぬきは、かおる一人ですることになった。

かおるが草ぬきをしているわきを、何人かの友だちがとおった。みんなかおるに声かけをした。それに対してかおるも何か答えていた。その後、みんなは、ボール遊びをしているほうに向かった。

かおるは、草ぬきをしながら、みんなが遊んでいるほうを見ていた。

………

             作 種田耕一