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【実話怪談】 私を呼ぶ声

まだ私が30代の頃のある日の昼下がり、母の車で近所をドライブしていたときのこと。

特に行くあてはなく、ただぶらぶらと車を走らせていたところ、とある場所に差し掛かったところで私と母はハッ!と何かに気づいた。

「誰かが私を呼んでる!」

私が声を上げると同時に、ハンドルを握る母も声を上げた。

「誰かがあんたを呼んでる!」

呼んでる方を二人同時に見ると、そこは墓地だった。

「運転してる時に驚かさんといてよ、もう!」

母が助手席の私に向かって怒る。

「なんであんたはすぐそうやって霊に呼ばれるんよ!!」

なぜ私に怒るのだ?

「お母さん、この道の先に酒屋さんがあったよね?そこ連れてって。誰かが『お酒を供えてくれ』と言ってる」

「あんたといたらいつもこんなんや!!もう、いい加減にしてよっ」

「そんなん私も知らんがな、呼んでるなら行くだけや。早く酒屋!」

「え〜い!もうっ、私はどうなっても知らんからなあ!!」

酒屋でワンカップの日本酒を買い、また車で墓地の前に戻った。運転席の母は不安そうに言う。

「お、お母さんはここで、待ってるから!あ、あんた、大丈夫か?なんかあったら…」

「大丈夫や。ここで待ってて」

車を降りると、私は墓地の入り口に立った。おや、どうやらここは軍人さんが葬られた墓地のようだ。星のマークの墓石がズラっと並んでいる。

「そういや、今って秋の彼岸だったっけ…、道理で呼ばれるわけだわ」

一人納得して墓地の中へ進む。きっと彼岸なのに誰もお参りに来ない寂しい霊が私を呼んだのだろう。墓前に酒を供えて、サクっとお経を唱えて慰めるとするか…

「どなたかねぇ?私を呼んだのは…」

ふと見ると、ひとつの墓石にぼんやりと四十代くらいの兵士のイメージが見えた。

「呼んだのはあなたか?」

問いかけると彼はこっちじゃないというふうに首を振って向こうを見る。向こう、もっと墓地の奥に行けと視線で指し示す。

「…そうか?あなたじゃないのか」

示された方へとそろそろと進んでいく。さすがに誰もいない墓地を一人こんな奥まで歩くのはいい気分ではない。なんだこんなに天気のいい彼岸なのに、お参りの人は誰も来ていないらしい。まぁ、私もそんなにマメに墓参はしないから人のことは言えないが…

示された方を歩くうちにそこがもう突き当たりであることが見えてきた。そしてそこにはひときわ大きな石碑が…

『戦没者慰霊碑』

「ああ!」

いま来た方を振り返って、先ほどの四十代の兵士がいた方をとっさに見る。

「あなたはここに酒を供えてほしかったのか!」

自分じゃなくて、仲間のために…  戦争で死んだみんなのために…

そのために私を呼んだのか…

彼の姿はもうそこにはなかった。それこそが答えだと感じ、私は慰霊碑を見上げた。


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