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【本編】tie.eyes story


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本編

筆がのる日っていうのは続くものだ。
そして、雨が降る日というのも、長く続く。

4日前から優しい雨が降り止まない。
元々雨の多い街だから、あと1週間は続くかな…

部屋干しのシャツやキャミが、日に日に増えていく。


「新しい部屋見てくれた?もしまだだったら、明日の帰りに待ち合わせして、見に行かない?私のおすすめなの、私ももう一度見たいから、空けておいて。」
恋人の華菜からの留守電を、部屋の壁で受け止めたが、何も私は外出してはいなかった。
ただなんとなく、今は筆がのってたから集中を切らせたくなくて居留守をしたのだった。

罪悪感はない。
きっと華菜もわかっている。

玄関のチャイムが鳴り、下着姿であることを思い出す。
ちょっとした上着に袖を通しながらスコープで外を確認し、息を呑んだ。

「グロ…」

玄関を開けると、目と口を糸で縫い合わされた宇宙人が私を見上げていた。
どう見ても素人(目と口を糸で縫い合わせるプロなんていたら会ってみたいが)の縫合で、自分で解いたらしき部分もあったので、かなりグロテスクな状態だ。

宇宙人…いや、彼女は私の仕事の後輩で、名前をイヴという。
宇宙人というのは彼女の母親だ。

「また、グロいね」
「うー」

上手く喋れないみたいだ。その場でよくみて確認すると、全体的に返し縫いと玉留めが多く見られた。
解くというより、捌く感じになりそうだな。

「入って、どうぞ」
「うー」

イヴはこうして職場で迫害を受けていて、その度私のところにくるのだ。

廊下を進むイヴの足元に大きなダンボールがあり、転びそうになっていた。
そうだ…引っ越しするなら、イヴを家に呼べなくなる。
あたりまえだ、彼女の家に、別の彼女を呼ぶわけにはいかない。

「うー」
「待って待って…ここ、座って」

イヴが座るところを探していたので、窓際に椅子を出す。
私の家は椅子が多いことで有名だった。

スカートの素手を持ち上げ、ゆっくりと腰を下ろすイヴ。

雨音が小さくなったような気がした。
少しだけ遠くに行ったようだった。

「うーん。よく見せて。」

救急箱から我が家で一番小さなハサミを出し、イヴの顔に向けた。
外の光でよく見えるが、雨のせいで影が揺れる。

「目と口、どっちからやろうか?」

私が本当にどうでもいい独り言を言うと、イヴが口を指さした。

「口ね」

しばらく雨の音と、彼女の鼻息をbgmに解体作業をした。
血液が新しく出ることはなかったが、痛々しい傷口はどうにかしないとな。
変に何か貼るより、塗り薬の方がいいかもしれない。

「これ口に入っても平気なやつかな…」
「舐めなければ平気です」

突然イヴが声を上げた。
ずっと口を閉じていたにしては、透き通った声だな。

「じゃあこの軟膏塗るよ」
「はい」

半開きを保った口をそっとなぞる。
赤い唇をはみ出して潤っているが、このエロさは、おそらく腫れ上がっているからだろう。
一通り塗り終わっても口を閉じないので、もしかして傷が治るまで口を閉じないつもりなのかと、笑ってしまった。

「あい?」
「あ、や…口くらい閉じなよ。」
「あ…あい」

パクッと口をとじる。

「舐めちゃダメだからね。さ、目をやるよ」
「お願いします」

宇宙人であっても、大切な後輩だ。
見た目も、目の色が白いくらいで、私たちより美しいくらいだ。

「イヴ、この部屋ね、引っ越すかもしれないんだ」
「え…」
「…だから、もう怪我しちゃダメだぞ」
「……」
「雨、ちょっと止んだかな。」
「ナギさんが引っ越すって、どこに?」
「…ちょっと職場からは遠くなる。」
「でも私、行ける距離なら…」
「まさか、ここに来るために、こんなことされてるなんてないよな」
「……なんでそんなこと言うんですか」
「……」

一つ一つ糸を切っていくが、ふと、糸が湿っていることに気づいた。
乾いていたイヴの血液が涙を含み、私の手にうつる。

「ナギさんも、私が宇宙人だって。拒絶するんですか。私は、人並みに働くことも、恋することも、駆け引きも、できないって、言うんですか。」
「そんなこと…」
「涙が止まりません。悲しい涙って、人間だから出るんですよ…これでも私、仲間に入れてもらえませんか?」

イヴの左目がゆっくりと開いた。
真っ白なそれは、何も写していない。

「何も見えない目でも、解いてくれたじゃないですか。私の、形だけの目…縫い合わさったままでもよかったのに。なんで、解いてくれたんですか。こんなにあなたのことが好きなのに、私は人間じゃないんですか?」

涙が止まらない。でも、イヴが宇宙人だとか、関係なく、私は決断しなきゃならないんだ。

「…ごめん」

イヴは、どうみてもわかっていなかった。
とにかく、形だけ取り繕って、笑顔を絞り出して「右目は自分でやります」と言って部屋を出ていった。

それから数日してやっと雨が止んだ。
新聞には、迫害で命を落としたイヴの名前が載った。
趣味の悪い宇宙人愛好家に、好き勝手されて死んだらしい。

目の見えない彼女は、最後まで自分を傷つけるものの正体が分からなかったんだろう。

これでもまだ、目が見えなくてもいいと、笑っただろうか?

私もまた、目が見えることの意味をわからないでいる。

『tie.eyes story』Fin.


あとがき

ちょっと近未来の、日本ではない国のお話です。
宇宙人との交流が始まったくらいをイメージしています。

過去に黒人の迫害があったように、宇宙人のイヴも日々憤る日々を過ごしていたのでしょう。

ここでデザインされたのは、目が真っ白で、何も映さない宇宙人です。
イヴはその娘(父親は人間ですが)。

凪はメイクアップアーティストです(本編では触れていませんが)。

またこの2人のお話をかけたらいいな。

今回はこんな終わり方になりましたが、いつか、ハッピーエンドをお届けします。
それまで、この2人には生きててもらわなくちゃ。

そもそも、この短編自体未完成で…色々プロットに煮詰まって、何かしらかきあげてしまいたかったから描いたものです。

なので、まだ未完成。

20230406 菓子蔵かる


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