SS:メッペルピー
メッペルピーを抑えるには代替の薬を飲む。
本来ペルプ用の薬だというのは理解できるが、ペルプの症状も薬の効能も把握は出来ていない。とにかく、困り物のメッペルピーを抑えるという目的以外は考えないでいた。
「まあ人生、そんなもんなんじゃない?」
メッペルピーを患ってしまった事を詫びると、おおよそこの様な励ましを受けた。職場、母親、友達。彼氏は気晴らしになればと、色々な所に連れていってくれた。お祭り、映画、水族館。楽しい時間だった。暗い気持ちを忘れられたのが良かった。
メッペルピーは症状が出るとキツい。
症状を抑え込もう、抑え込もうと思うと却って身体が熱でやられた機械みたいになる。
そうか、私の身体は機械だったんだなと思う。
気づかない内に、何か余分なアプリでメモリをフル活用していたから、動作が緩慢になっているのだ。
これではいけない。アプリを閉じなくては。しかし、作業は続けなくては。右の小さいウィンドウで作業をしながら、左でタスクマネージャー内の一覧をスクロールする。実に色んなアプリが(応答なし)の状態になっている。
「ほかの人は難なく出来ているよ」
メッペルピーからのダイアログが出た。
その日、午前で雑に仕事を終え、会社を休んだ。
来る日も来る日もペルプ用の薬を飲む。
効いているか?なんて分からない。メッペルピーを患っているのだから、飲むしかない。
メッペルピーを患って1ヶ月が過ぎた。私のメモリの愚鈍さは、車を手で牽引する程重くゆっくりとしか動かない。
「愛宕神社に行かないかしら?出世のご利益があるのよ。」東京駅から近いらしいじゃない。と母。
母は地方から、度々様子を見にきていた。
「でも、今日は40度を超えるよ。ご利益の前に山登りで倒れちゃう。」
「それなら、和田倉噴水レストランはどう?噴水にご利益があるらしいのよ。」
メッペルピーがなんなのか、ネットにも、本にも明確な事は書かれていない。ただ、医師の出すペルプの薬を飲む。先の見えない中で、母も考えるのに疲れていた。
メッペルピーが、誰が見ても分かる疾患ならどれほど良かったかと思った。もしくは、気が狂うまで重たい病なら。メッペルピーなんてご機嫌な名前でなければ。
「平日の夕方に窓あけて電気つけてていいのか?」
「みんなあの人ずっと家にいるって思うよ」
メッペルピーがしつこくダイアログを出した。
くらい、あつい部屋で、このまま蒸焼きになれればいいのにと願った。
「実は僕もメッペルピー患ってまして。最近復職したんです。似てますね、境遇が」
それは転職活動中のエージェントの言葉だった。
「動けなくなっちゃったんです。それで仕事を3ヶ月休んで、別部署で復職しましたから、お気持ち分かりますよ。」
希望の言葉だった。思わず、自分の話そっちのけで話を聞き出してしまった。
話を聞きながらも、メッペルピーはダイアログを出す。「部署転換と転職は違うだろ。」メッペルピーの言う事はごもっともだった。
エージェントの方にお見送りして貰うエレベーターの中で、「今のお仕事はどうですか?」と何気なく聞いた。
すると少し顔が曇って、「前よりは断然、働きやすいし、たのしく出来てると思います」と返ってきた。
あ、と思った。
この人はメッペルピーに対して腹落ちしていない、と直感した。
医者が「もういいですよ」と言ったから、メッペルピーは良くなったということにして、働いている、ような。
ひょっとしたら、この人もまた、メッペルピーからのダイアログが出ているんだろうか。
だとすれば、希望はどこに。
今日もペルプ用の代替の薬を飲んで、1日をやり過ごす。
いつかメッペルピーを(応答なし)にする事はできるのだろうか。
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