鬼と巨人とベルセルク

※ネタバレ注意

SUPER DOMMUNE という
宇川直宏が主催している
YouTubeチャンネルがある

ゲストを招いてアート系の話を中心に
毎回なかなかな濃度の話が繰り広げられ
アートおたくにはよだれもののチャンネルだ

そのチャンネルで今回
"鬼滅の刃"
"進撃の巨人"
"ベルセルク"
という3つのアニメを題材に
社会学者の宮台真司さんを招き
それぞれのストーリーに見える
"社会と人間の描かれ方"が
語られた回だった


鬼滅 進撃 ベルセルク
そこに宮台真司と
僕の大好物のオンパレードで
終わった後もよだれが止まずに
思わずnoteを書き始めた

↓動画ぜひ


さて
3つのアニメには共通する要素がある


それは
だめだめな人物像と
完璧な人物像との
対比があるということ

鬼滅で言えば
炭治郎と鬼舞辻無惨または煉獄さん

進撃で言えば
エレンとリヴァイまたはアルミン

ベルセルクで言えば
ガッツとグリフィス


その対比を軸に
それぞれのアニメで
主人公の立場や展開によって
全く別世界のストーリーが描かれている

そしてそれぞれのアニメの背景に
"現代社会"が映し出されていて
そこに共感する人が多かったからこそ
いずれもヒット作になった



例えば鬼滅の刃は
愛とか夢とか希望を捨てて
うまくやればもっと楽に生きれるのに
という現代の空気感を捉え
そこに溺れる"現代人"を
"鬼"に例えて表現している

そこに
愛とか夢とか希望を持った
"稀"になってしまった人間像を
例えば煉獄さんで表現している

そういったかっこいい大人を見て
成長していくのが
炭治郎や善逸や伊之助で

それは
高度成長期を終え
バブルが崩壊し
もがきにもがいた平成も終わり
"損得"や"コスパ"や"自己愛"
に腰を据え始めた日本の大人たちへの
警告だと捉えている

そんな
誰しもが分かっているのに
周りの空気に翻弄されて
朦朧としていた大人たちが

煉獄さんの生き様に
涙腺が崩壊したのだと思う


例えば進撃の巨人では

我こそ正義と主張する者たち
そして海の向こうにも
我こそ正義と主張する者たち

あちらにも
我こそ正義と主張する者たち

何が"正義"で何が"悪"か分からない世の中で
我こそ正義と信じて止まない者だらけで


SNSの普及により
日々自分の主張が飛び交い
いつまでも混じり合わない
そんな現代を表している

その中でエレンは何が本当なのかと向き合い
葛藤する少年だった

それに対して自国の正義を信じて
戦いの先頭に立つリヴァイ

最初の段階では
まだ社会に取り込まれていないエレンと
完全に社会に取り込まれたリヴァイという
構図だったが

周りの仲間の影響や事件により
それぞれの生き方が逆方向にシフトしていく

エレンは"間違えてしまう"のだが
いつも最後は仲間に助けられる

そんな"友愛"がキーとなる


例えばベルセルクは
間違いだらけの生き方をしているガッツと
軍団を率いて誰しもに慕われるグリフィスとが

ストーリーが展開していく中で
間違いだらけのガッツの生き様に
徐々に共感を覚えていく展開

グリフィスは周りの期待に応え続ける人生だったが
ある日突然プツンとそれをやめてしまい
悪魔に身を捧げてしまう

鬼滅の刃で言う
"鬼"になってしまったのだ

名前の通り
ガッツは一貫して泥臭く己の力で打破しようする

そういうタイプの人間は
もはや絶滅危惧種と言っても過言ではない


このように
弱い者
強い者

そしてその背景に
現代社会を映し出し

名作アニメは
僕たちに強烈なメッセージを
送ってくれる


この現代では
煉獄さんのように生きるのは
0%に近いぐらい難しい


「心を燃やせ」


それでも自分がなりたい人物像を
追いかける人は
僕は無条件で応援したい


💪

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