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【東北ひとり旅】優しさとユーモアを抱いて

0. エピローグ的なやつ

1. 福島に現れた桃乞食のはなし

2.[教訓]素人が"田舎へ泊まろう"をやったらめちゃ怒られる

3.蔵王で出逢った先生

* * *

明日は猫がたくさんいる田代島に行くと決めていた。今晩は石巻で宿を探す。
昨日おばあちゃんに怒られたダメージを引きずっていた私は、もう日暮れだし、漫画喫茶に泊まろうと決めていた。
夏の終わりの、生ぬるい風が優しい。
赤紫に染まった港町は、初めて来たのにどこか懐かしい感じがした。
少し散歩をしながら、晩ごはんを食べる店を探そう。駅から離れてしばらく歩いてみる。十字路に行き当たった。どっちに行こう?
きょろきょろしていた私に、正面の坂を下ってきた地元民であろう風貌のおじさんが、声をかけてきた。
「観光で来たのか?一人か?学生か?」
「そうなんです。散策しながら、どこかで晩ごはんを食べようかなと思って」
「じゃあ俺と一緒にどう?」
よれよれの服、ぼさぼさ頭、にんまりした顔。失礼ながら、怪しかった。少し前に、九州で一人旅をしていて殺害された女性のニュースが頭をよぎる。女というのは旅をしたくてもリスクが多くて損だ。私は大丈夫、そう思っているわけじゃない。だけど、勘は働く方だった。
その勘によると、このおじさんは、はっきりいって黒に近いグレーだ。
でも、現地の人と触れ合う旅がしたくてやってきた私にとって、声をかけてもらったチャンスを手放したくもなかった。
おじさんは「こっちこっち」と言いながら、ぽつぽつと空き地がある小道に入っていく。
秘策の出番だ。私の右手が例のものを探る。
リュックにぶら下がった防犯ブザーをこっそりと掴んだ。これを押せばけたたましい音が鳴り響く。
よく持ってきたぞ、私!にやにやしながら着いていく。
ふと、こんな人気のない所で鳴ったとしても、誰かに届くのだろうか、そんなことがよぎった。好奇心と恐怖が入り混じった妙なテンションで、おじさんの後をついて行く。
「ここだ」洒落た小料理屋だった。
暖簾をくぐって女将が挨拶してくれた時、とてもほっとした。
案内された二人席に腰をかけ、つまみになりそうなものをいくつか注文してくれた。
おじさんは、おしぼりで手をちゃっちゃと拭きながら、小声で言った。
「もし、おじさんの知り合いが来て誰か聞かれたら、親戚の子て言うから合わせてよ」
私の勘は当たりだ。いやらしいことを考えて、チャンスだと思ったのだろう。だけど本当に悪い人ではなさそうだ。苦笑いした後、適当に頷いておいた。
お通しを運んできた女将が私の顔を覗く。
「お嬢さん、どちらの方?」
私は何も言わず、にやりとおじさんの顔を見た。
「お、お、俺の親戚の子!」おじさんの声がどもった。
「頼むよ〜。合わせてくれないと怪しまれるじゃないか」
「だって怪しいですもん」
私は素直にそう言って、笑ってみせた。
おじさんはしばらく真顔になった後、「バレてたか」と、子供みたいな老人みたいな、屈託のない顔で笑った。
奥さんとは少し前に離婚をして、高台の家で一人で暮らしていると言う。
くだらない話をしながらどんどんお酒を呑む。普段一人で呑んで寂しいのかもしれない。お相手になれているのであれば、少し嬉しかった。
相槌を打ちながら、美味しすぎる茶豆に伸びる手が止まらない。

その時、奥の座敷で呑んでいた男性三人組の一人と目が合った。
「あら?誰かと思えば。どこの女の子をナンパしてきた?」
おじさんの顔見知りのようだった。
「親戚の子が遊びに来たんだ」
尋ねられるのが二回目だからか、おじさんは嘘をつくのが上手になっていた。
顔の前に人差し指を当てて、「しー」とされたので、私はまたにやにやしておいた。
「こっちで一緒に飲みましょうよ」
キタ。私はいつもラッキーだ。乗り気じゃないおじさんを引きずる勢いで、座敷に乗り込んだ。これで店から出た後も安心だ。
「東京から?それはそれは。どんどん食べな」
テーブルには鯖や鰹、長なす、旬のものが並んでいた。
さっきまでつまみしかなくて少ししょんぼりしていた私は、きっとこの瞬間目を輝かせてしまっていたと思う。
あれやこれや質問を受けているうちに、どう考えてもおじさんの親戚としてここに来たにしては矛盾する点や、嘘に嘘を重ねないといけない点が出てきて、私は必死に辻褄を合わせようとしていた。
ふと、なんやこの努力は、と思った私は、おじさんに"お手上げ”という身振りをした。
観念したおじさんは、ようやく重い口を開いた。
「実はこの子、親戚の子じゃなくて、本当にその辺でナンパしてきた…」
おじさんが白状してくれたことで、謎の肩の荷が下りた。
「なんじゃそりゃ!でもちょっと変だなと思ってたのよ」
「そうですよねー!気づいてくれて助かったあ」と言って、みんなで笑った。
「今日はどこに泊まるの?」
「あー駅近くの漫画喫茶に泊まろうと思ってます」
一斉に反対されたので、最近の漫喫の快適さを知らないのだと思い、「個室になってて、寝転がるスペースもあるんですよ☆」と得意げに説明したのだが、そういう問題ではないと諭された。
ナンパしたおじさんがすかさず「俺の家に泊まるか?なあ、それがいい。」と言った。それこそだめだと全員が猛反対し、それには私も笑いながら同意した。
みんなが一斉に携帯とにらめっこを始め、一人暮らしをしている自分の娘に電話をしてくれたり、奥さんに自宅に泊めてはだめか相談の電話をしてくれた。寝る支度をするような時間だったせいかみんな繋がらなかった。そのうち一人が「楽天ポイントが八千円分溜まっているから、それで綺麗になったビジネスホテルに泊まればいい」と提案してくれた。
私は本当に漫喫でいいのだが、その代わり二軒目にも付き合えと楽しそうに言うおじさんたちを見て、そうすることにした。
ナンパをしてくれたおじさんは、お持ち帰りできないからなのか、単にもう眠かったのか、俺は二次会には行かないと言い、お小遣いだと、断ったのに三千円をテーブルに置いて帰った。
面白い出会いができた。「明らかに怪しかったけどついてきてよかったです」おじさんの孤独を少しでも埋められるように、両手で握手をして、お元気でと見送った。

外に出ると当然に日が落ちて、暗闇の中の飲み屋のネオンが綺麗だった。
いろんなお店がある中、入ったのはスナックだった。
大学生だった私は、スナックに入るのは初めてで、すごく緊張していた。
テーブルには緑のドレスを着た女性がついてくれた。綺麗な人だったけど、妙齢で、スナックの親しみある感じが出ていた。
おじさん三人組とTシャツ短パンスニーカー、リュックを背負った私。
どう見てもおかしな組み合わせに目をまん丸にしながら、でも優しく「どうした?拉致された?」と聞いてくれた。
一連の流れを聞いて笑いながら、その後も上手に会話に混ぜてくれた。
おじさんたちは常連のようで、くだらない下ネタを話していた。
「私乳輪小さくて、十円玉で隠れるのよ」
「どれどれ見せてみろ」
「だめ~でも本当だよお」
さっきまで私をナンパおじさんから守ってくれたおじさんたちが、今やエロじじいになっている。
日本のサラリーマンは、こうやってストレス社会から逃げているんだ。なんて素晴らしい仕組みなんだと感心した。正直こうした仕事に偏見を持っていたし、結婚したら夫にはこんな所に来てほしくないと思っていたが、その様子を見ていたら、なんだかおかしくて許せた。私も結婚したら、夫が仲間と飲み屋に行く時は気持ちよく送ってあげよう、そんな風に思った。
ご機嫌になったおじさんたちはカラオケを始めた。「ももちゃんもほら~なんか唄ってえ~」ずいぶん酔いが回っていそうな喋り方でマイクを押し付けてくる。
「ええ・・・何唄おう」
戸惑う私にお姉さんが「なんでもいいよ、でも最近の曲は入ってないかも」と声をかけてくれた。
私も空気を読んで、おじさんたちの世代にハマりそうな、松田聖子の”赤いスイートピー”をチョイスした。
「いいねいいねー!!」と声が上がったときは、ほっとした。
二回目は山口百恵の"いい日旅立ち"をチョイスしたが、少し年代が上だったなと一人よく分からない反省をした。
随分盛り上がって眠たくなってきた頃、ぱっと目がさめた。
三人組の中で一番若い矢柴さんが"島人ぬ宝"を唄った時だった。
とっても上手で、力強くて優しい歌声だった。
歌い終わった後は、子供が生まれた話を嬉しそうにしてくれた。
ほどよく仕上がったおじさん、スナックのお姉さん、場違いな恰好の私。みんなで写真を撮った。

ビジネスホテルの前まで送ってくれて、お別れをした。
元々豆腐屋さんだったというホテルの人は、とても感じの良い人たちだった。
さーっとシャワーを浴びて、ベッドに倒れこんだ。
真っ暗な中さっき撮った写真を見る。みんなとても楽しそうだった。
形容しがたいけど、すごくいい夜だった。忘れることはないだろう。
ゼミをやめたことも、友人や家族に馬鹿なことをと言われたことも、全部なんてないことだと思った。誰にでも出来ない経験をした、最高だ。
そう思いながら眠りについた。
ほんの数日前まで知らなかったのに、たった一晩で第二の故郷のように感じていた。
私にとって、石巻はこの日から特別な街になった。

2010年のあの夏の終わり。
半年後に大震災が起きるなんて、誰も知らなかった。
"島人ぬ宝"を唄ってくれた矢柴さんが、幼い子供と奥さんを残して津波の犠牲になったことを知ったのは、一週間以上経ってからだった。
四国で生まれ育ち、東北には親戚も誰ひとりいない私にとって、東北は無縁の地だった。きっと旅をしていなかったら、震災はもっと他人事に感じていたと思う。
知らない私に優しくしてくれた人。お子さんの写真を嬉しそうに見せてくれた人。楽しそうに上手な唄を聞かせてくれた人。もういないんだ。

これを書いている今、テレビで「島人ぬ宝」が流れてきて、思わず手を止めた。
2020年の春、新型ウイルスの出現で、命が脅かされている人がいる。当事者意識のない人たちもいる。どう思っているかな。
生きていたら、一緒に怯えたり、怒ったり笑ったり、同意したり反論したり、出来るのにね。死んじゃったら、そんな話すらできないんだね。

ナンパしてくれたおじさんと、スナックのお姉さんの安否は、今も分からない。
私は石巻と全然関係のない人だけど、この時の縁もあって、震災後も時々訪ねている。
あの頃と違って社会人になって少しは収入もあるから、たくさんお金を使って、町の発展に少しでも貢献しながら見届けさせてもらいたい。
これから何十年も見届ける予定だったのに、癌になってそれは難しくなっちゃったけど。矢柴さんの亡くなった時の年齢にすらたどり着かないまま死んじゃうかもしれないけど。
生きていられる限り、私にくれた優しさとユーモアを、復興していく石巻に返していきたいよ。
そうして更新された思い出を、いつまでも綴っていけたらいいな。

私に第二の故郷を与えてくれた皆さん。
優しさとユーモアを教えてくれた皆さん。

あなたに、あなたたちに出会えてよかった。

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