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人はどこからきて、どこへ。

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思えばわたしは”ちゃんとした人間”になりたかった。
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それって本当に必要なことだろうか。

少し時間がまたあいてしまった。

ずっと、考えてはいる。で、考え続けていても、途中でいつものように

『これって必要なことなのだろうか』

って感じ始める。これまでの人生で、何度も、日本人ってどこから来たのだろう、と考えて調べるようとするのだけれど、途中でいつも、必要なのか?と疑問になる。

テーマが大きすぎるのだろうか。

だから、細かく6個くらいあげてみたけれど、どれも抽象的な疑問。抽象的すぎ

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重さ。

幕末とか明治初期の思想というか考え方を調べようと考えながら、

大河ドラマおんな城主直虎を見ていて、考え方の根本として気になることがあった。

網野さんの本も読んで思っていたけれど、命の重さが今の私とはちょっと違う。

どこからか、日本の命の重さが変わっているように思う。

人間って、生きることが基本で、その上に考え方があるのかな?哲学はいまいちわかってないのだけれど。

生きていくとか長生きする

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古墳の治定と日本の歴史。

古墳の治定にかかわったのが、本居宣長をはじめとする国学者というのがわかった。また、その国学者たちの中には、国史大系の編纂の際、その蔵書が底本となったり、またその弟子たちが編纂をしていたり、日本史とりわけ古代史においては、その研究の基礎となった人たちであるというのがわかってきた。

つまり、現在の予想としては、日本のイメージとか概念のもとを作ったのは、この江戸時代後期の国学者の研究だと思う。

平田

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調べればすぐに見つかった。

なにをどうして、見つけられなかったのかさっぱり分からなかったけれど、ちょっと調べたらずっと知りたかった、誰が陵墓を選定していったのかすぐに調べがついた。何となく、予想を付けていたけれど、面倒そうな人たちというのがあったせいかもしれない。

行ってしまえば国学者の人たちだ。

明治になる前、江戸時代終盤のころからその動きは始まっていた。尊王攘夷とかとも連動する思想からの動き。

・・・単に面倒で見て

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明治、いしん

明治維新といえば、坂本龍馬とか高杉晋作とか、新撰組とか松平容保とか、大久保利通とか西郷隆盛とか、大政奉還とか戊辰戦争とかそういう、クーデターとか国内戦争とかそんなイメージしか歴史を専門に学んでも思いつかなかった。

そもそも、そういう幕末の動乱っていうものになんとなく憧れとか興味とかそういうミーハーな部分もあって歴史を学び始めて、滅びの美学というかほとんどの歴史上の人物といわれる人たちは、幕末の動

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それは、日本人としての価値観なのか?

そもそも、なんで私は『日本人の考え方ってどこからきたのだろうか?』みたいなことを考えるようになったかというと。

学生時代、絶望的に英語ができなかった、から。

英語が苦手というよりも、英語を好きになれなかったし全くもって興味がわかなかった。一応、文系だと自覚はあったけれど、多言語を話すことにまで興味を持てなかった。そもそも日本語も不自由なのに、英語までって無理でしょ~って。

そして、高校生の時

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人はどこからきて、どこへ

思春期というか、そんな時代に誰もが考えていたと私は勝手に思っているけれど、『ひとはどこからきて、どこへ行くために生まれてきたのか』

私は少なくともそれを思春期に考えて、その手掛かりとして、日本人ってどこから来たのだろうか、日本人らしい考え方、思考ってどこからきたのだろうか、と考えて歴史学、日本の歴史を学びたいと大学進学先を選んだ。

で、まぁその問題について大学でわかったか、というとその方向性は

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久しぶりに。

しばらくぶりに、書いてみる。

どうにも、ストレスがたまると

自分の思考が言葉にならなくて、

思っていることを発信することが億劫になるらしい。

思っていることを外に出すことを

面倒がると、色々とうまくいかなくなる。

ちゃんと思ったことを外に出さなくてはいけない。

とりあえず、

外に出せそうなことから出していこうかと思う。

現実の直視を、いきなりすることは

私にとっては負荷が高すぎ

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