見出し画像

大山エンリコイサム「SPRAY LIKE THERE IS NO TOMORROW」

 新型コロナウィルスの影響で会期が伸び続けていた大山エンリコイサムの展示に行った。藤沢アートスペースで行われた展示タイトルは「 SPRAY LIKE THERE IS NO TOMORROW」
 会期前から公開された制作動画などを視聴し、今年もっとも楽しみにしていた展示だった。(当初は製作を観覧できる予定だったのでこの点はとても残念だ。)

 藤沢アートスペースのある辻堂駅に降り立ったのは午後2時。1日で最も暑い時間だ。梅雨明けの猛暑日もあり、日差しもきつい。しかし、海風と思われる少し強めの風が吹き抜け、都内よりは涼しく感じた。

徒歩で会場に向かうと、そこはコミュニティスペースの集合体で、子供のための体操教室やアート教室などもみられる。
6階にある会場は他に鑑賞者がなく、静かな雰囲気であった。
会場は作品保護のため内履きに履き替えるシステムだ。

入り口で内履きに履き替えているとカサカサという何かが擦れる音が聞こえてくる。それは養生されたビニールの擦れる音だったのだが、目にする前は森の中で木々の葉が擦れ合うような、そんな音に聞こえた。

 今回の作品は、大山がアトリエ制作を行う際に用いる透明なビニールシート等で、展示空間の天井、床を含む全てを養生している。
養生に用いたのは、硬度の異なる農業用ポリエチレンシート、防炎シート、プラスチック段ボールだ。透過性のあるそのプラスチックシートで壁を作りそこに大山の代名詞といえるQTS(クイックターンストラクチャー)を配したようだ。

 入り口に立って一番に目に入ったのは正面で揺らぐ薄いビニールシートだった。透過性は低くその向こうに緑の木々の存在を感じさせる程度のものだ。ゆっくりとしたスピードで膨らんでは壁に張り付く動きを繰り返している。シンプルな養生だが、その揺らぎは風を可視化させている。
 
   歩みを進めると右手の壁に本展示で描かれた「FFIGURATI #312 」のQTSが現れる。プラスチック段ボールに描かれたこの作品は段ボールの隙間から壁にも塗料が染み渡り、段ボールの内壁にも塗料が流れていた。まるで細胞に染み渡るようだ。足元の通路には製作時に飛び散った塗料や霧散したスプレーの跡が確認できる。大山と伊藤亜紗氏との対談のなかでスプレー塗料の定着率が20〜30%だという話があった。残りの塗料は空気中を舞い、描画されていない壁や天井、制作する大山自身にも付着したのだろう。もともとメディアを選ばないスタイルであったQTSだが、その元となる塗料がメディアを選ばないものであることを改めて認識する。
その壁の裏手には今回の製作動画が薄いビニールシートに投影されて流れていた。周囲の明るさもあって鮮明ではないが、確かにその風景は投影されている。光の粒子がここでもまたメディアを問わずに表象となっている。

 先ほどの壁とは反対の壁は透過性の高いビニールシートが使われていた。そこに描かれたQTS「FFIGURATI #311 」は一種空間に浮き上がったようにも見える。天井から壁、更には床にまで広がる巨大な作品だ。浮き上がったように見えたかと思うと次の瞬間床のまた底へと沈み込むようにも見える。この作品は何にも遮られないQTSの無限の拡張を表しているように見えた。ここでもまた周囲に霧散した塗料や、制作によって生まれた足跡などが確認でき、大山の息遣いまで聞こえてくるようなより生々しい作品だ。

 奥の壁には唯一ここでの制作ではない シリーズが一枚飾られていた。描かれた白黒の帆船の絵に共生するQTS。QTSが風に溶け込むようにも見える。入り口から見えた揺れ動くビニールシートを思い出す。

 そして空間の中央には透明なダクトが配されている。観覧時は稼働していなかったが、制作中、このダクトから何万の塗料の粒子が外界へと放たれたのだろうか。内から外へと流れ出る作品の姿が想像される。今回の展示で、大山はこの空間を臓器と捉えていた。エアロゾルスプレーでの制作において室内の換気は重要で、そのために設置された透明なダクトのついた送風機は空気の循環をおこなった。大山はこれをまるで臓器のようだと表現している。

 ダクトを超えた壁には「FFIGURATI #313」がある。ここまでのQTSとは違いより透明度の高いQTSだと感じた。ベースになるキャンバスは唯一の木製であるが、そこに描かれたそれらはひび割れた塗布画面とその上の格子線や線だけで描かれたQTSによって透明のQTSが蠢いているように見える。まるで水の揺らめきの中に溶け込むように描かれている。木製パネルは風にも影響されないし、QTSの形はより機敏に見えもするがそれでも透明の水に自走し、溶解していくように見えるのだ。

 個人的にこの展示を通して感じたことは大山の作り上げた一つの自生空間がこの空間を超えてどこまでも透過し、流れ出ていく印象だ。
人工的な風に揺らぐビニールシートもまた自然の循環の一部であり、その空気に霧散した塗料はこの部屋を超えてまた別の空間へと広がっていく。どこまでも透過され、そして自走するQTSは我々よりずっと自由な存在だ。
この部屋に起こる風は排気口からの風や冷房の風であり、外から吹き込む風ではない。それでもその空気の循環はやはり自然の一部であり、この藤沢の地に溶け込んでいるように思えた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?