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『十三人の刺客』(2020年版)

  明石藩主を十三人の刺客が暗殺する――そんな懐かしの、あの伝説の時代劇が待望のリメイクです。

時代劇はまだ生きている! そんな力作

 『柳生一族の陰謀』リメイク版といい、どうやらNHKなりこの国には、本気で時代劇復活をしたいと考えている誰かがいるようです。
 ここ数年、時代劇は徐々に息を吹き返しつつある手応えはあった。大岡越前、赤髭。そういうかつての定番時代劇が復活しているのです。
 しかもどうやら、70年代以前に戻りたいらしい。これは朗報でした。

 『十三人の刺客』には、いくつかの課題があります。

・集団殺陣:クライマックス、セットを作り、移動しながら、高低差のある場所で殺し合う。こういう殺陣を今復活させなければ、取り返しのつかないことになる!
・伝統継承:ベテランに対し、若手はセンスがあってこれから引っ張っていく役者を揃える。こうして伝統を引き継いでいかないと?
・日本人とは何か? 大河だけで問うていてはいけない……:時代劇は、日本人が自分たちはどこからきて、どこへ行くのか見通すためにも、必要だと思えました
・韓流と華流、そして世界に負けていてよいのか?:日本の時代劇こそ、パイオニアだったあれやこれやがあるはずでござろう!

 今回のリメイク版は、及第点です。伸ばせるところはまだまだあるし、満足で慢心することはあってはなりませんが、伸ばしていける希望に満ちた出来でした。

最近はすぐBLと言い出すけれども、日本の伝統だから!

 今回は、やはりこの御二方のケミストリーが絶妙でした。中村芝翫さんと高橋克典さん! 「竹馬の友」としての冒頭のみならず、襲撃になってからも熱い。むしろそこが本番。
 いちいち裏をかかれると、
「流石だ……」
「やはり……」
 と、お互い言いまくる。おっ、BL? そう思う方がいてもおかしくありませんが、これが日本の伝統だという部分はあるわけです。


 『ゴールデンカムイ』では、人気のカップリングが杉元と尾形でして。その根拠が、尾形に撃たれた杉元が「アイツを感じた、アイツしかいない……」と思っていたからだそうなんですが。
 そういうことです。今更言うまでもない日本の伝統ですね。おめでとうございます、未知の世界を見出した方は思う存分この道にハマってください。

 それにしてもこの御二方はかっこいいなんてもんじゃなかった。いちいち、何をしても決まる。個性はあって、中村さんは穏やかな雰囲気がある。高橋さんはいつも燃えるよう。水と炎のようで、眼福の極みでした。
 『麒麟がくる』での高橋さんは、やはり織田信秀の鷹揚さが出ていたのだと再確認しました。

ベテランも、若手もすごい!

 『麒麟がくる』からは、西村まさ彦さん。そしてベテラン枠では里見浩太朗さん、石橋蓮司さん、勝野洋さん。このあたりは和服の着こなしから所作、殺陣まで全部綺麗で、やはり見ていて気持ちがスーッとします。
 でも、若手もすごいんですよ。

 渡辺大さんが暴君というあたりに、キャスティングの妙を感じた! 中身がスッカラカンで、大迷惑で、ただ血筋が尊いだけなのにつけあがった藩主。これはものすごく意地悪なことを言い出すと、世間が見出す彼への目線に重なりかねない。
 父と子は別。とはいえ、なまじ大河主役からハリウッドスターまで駆け上がった父がいるとなれば、その威光、二世としての期待をするのが世間というやつでしょう? そこを裏手に取って、父とは別の輝きと個性を出していくうえで、彼は努力を重ねていかなければならないわけです。その証明のためにも、ゲスな暴君というわけ。
 この暴君は異常じゃなくて、むしろ普遍性があると思いました。エリート大学生や大企業社員がゲス行為をする。『彼女は頭が悪いから』に出てくる加害者側のような世界観ですね。現代社会でもいる調子こいた勘違いエリートが、江戸時代でより際立って出てきている。そんな人物像を感じました。
 そういうしょうもない暴君のセコさ、せせこましさ、一皮剥けば情けないところ。よく出ていたと思えるのです。

 神尾佑さんは、他のドラマで脇役で見ていた頃から、この人はもっと目立ってよいのではないかと思っていました。顔もいいけど、それよりも何よりも、刀を持った時が圧倒的に美しい。のみならず、殺気を感じる。相当殺陣を学んできた方だろうと思っていました。今回本領発揮です。もっともっと殺陣で見たい。やっと彼の時代が来たんじゃないかという気がする。もっと時代劇に出て欲しい。そう思えます。

 渡部豪太さんは、なんかすごい俳優だな、彼にしかない味があって最高だな、初めて見た……と思っていたら、『西郷どん』で主人公の弟でしたか……。いや、まあそれはさておき、今回はちょっとコメディリリーフでガッツのある役所がハマり役で。動きもキレキレで見応え抜群でした。

 福士誠治さん! 最初のだらっとしたやる気がなさげな若者から、どんどん育って、本作のテーマとなるセリフを読み上げる。それも納得の名演でした。いよっ、智勇兼備!

 書ききれないけれども、びっくりする方、斬られて倒れるだけの方まで、みなさま演技がきっちりできておられて。ともかくよかったのです。

 そして女優ですが。
 大島優子さんには驚かされっぱなしでした。和服をきちんときれいに着こなしていて、うなじものあたりもお綺麗で。綺麗なだけでなくて凛とした武家女性らしさもあり、包容力もあり。将来的に北政所あたりもできそうな逸材でしょう。十年後、二十年後には時代物ができる女優トップになっていても違和感がないくらい素晴らしい。宝を見出したと思えました。大事に大事に大きくしていきたい。そういう輝きがありました!

 加代の岡本玲さん、小えんの片山萌美さんも、和服を着こなしてよい雰囲気が出ていました。時代劇をこうやって継承していかないと。

変わる日本人像と、時代劇と

 時代劇ってじいちゃんばあちゃんが見ているものでしょ? ダサい……という認識は、もう古びた。それが2020年代だとそろそろ認識すべき時が来たのでしょう。

 そろそろ弊害は認識すべきだと思うのが、『麒麟がくる』への反応です。

◆古武道由来の殺陣を「もっさりしている」「演じる役者の運動神経が鈍いのかな?」と誤解する
 理由の想像はつきます。1990年代から2010年代までのワイヤーアクションに慣れてしまったのでしょう。ワイヤーアクション、軽量アクションの流れは、1980年代、香港のジャッキー・チェンあたりから始まり、ワイヤーアクションによって決定的になりました。
 ドニー・イェンの盟友である谷垣健治さんの活躍もあり、日本でもすっかりお馴染みですが。
 あれは、ハッキリと言いますが、日本の武道の動きではありません。構えが中国の片手剣のものであったり、足の動かし方もおかしい。和服との相性もあまりよろしくありませんし、見ていると眉間に皺が寄ってきてしまう。
 そもそもワイヤーアクションだって、中国の武侠における【軽功】の映像化技術であって、必ずしも中国武術の動きというわけでもない。
 中国の伝統由来の動きで、日本の殺陣が侵食されるって、それはあってよいことなのかどうか? 真面目に考えたいところではあった。あ、断っておきますが、谷垣さんもドニー・イェンも好きなんですよ。むしろファンですってば! ただ、日本の殺陣とは違うということです。
 ちなみにワイヤーアクションも、『マトリックス』から20年経過すると古いのです。各国で、実践的な武術由来の殺陣に回帰しつつあります。香港でも1970年代のショウ・ブラザース、劉家班時代まで回帰していると思えるのです。
その点、本作は1970年代以前の、実際に人を殺せる動きに回帰していて大満足でした! ありがたいことです!

◆フュージョン時代劇はもともと我が国にだってあった! 庶民目線での時代劇こそ今!
 今、世の中は第4次韓流ブームとされています。時代ものでは、『チャングムの誓い』はもう古くて、「フュージョン時代劇」あるいは「ファクション」が全盛期です。どういうものでしょうか? わかりやすく日本史を題材に説明しますと、こんなところです。

「腹黒い徳川家光一派を柳生十兵衛が斬首! そして世界は、よりよい方向へ……」
「川中島に自衛隊が突入し、ドラマは動きだす……」
「蘇りし天草四郎がエロイムエッサイム!」

 それは『柳生一族の陰謀』なり『戦国自衛隊』なり『魔界転生』でしょ! そういうツッコミはありますよね。「伝奇」として日本でもちゃんとあったんですけどね。「フュージョン時代劇」なり「ファクション」は、架空の人物を自由自在の使いこなせるからこそ、旨みがあるのです。ハリウッド映画だって、リンカーン大統領が吸血鬼を倒し、万里の長城でエイリアンを防ぎ、リージェンシー時代にゾンビが乱入しているというのに……。

 日本の伝奇時代劇がクールだと、タランティーノはじめハリウッドでも認めていたのに、いつから「架空キャラはいらない」「私の知っている実在のこの人物にした方がおもしろい」という方向へ流れてしまったのか……。
実写時代劇がダメだから、漫画とアニメでバッチリ伝奇要素を使いこなしている、『鬼滅の刃』がここまで受けているんじゃないですか? 

 例えば、
 「歴史劇に架空の人物はいらない」
 なんて、はっきり言ってもう古いんですよ!

『麒麟がくる』駒役・門脇麦の表現力を演出家絶賛「天才」 オリジナルキャラの役割にも言及 (1) | マイナビニュース https://news.mynavi.jp/article/20201123-kirin/

 どうにも最近、駒はじめ庶民目線人物を理解しない意見が沸騰していて、ネットニュースでも取り上げ始めたためか、解説まですることになっております。
 そんなに難しい話でもない。海外の歴史劇は庶民目線、稗史、【江湖】……その観点を入れないと話にならない。あの『ゲーム・オブ・スローンズ』も、戦火から逃げ惑う子ども視点での描写にかなりの時間を割いています。むしろあの ドラマは、大河目線で見ていると主役格が死亡退場を次から次へとしていくのです。
 大河はその点、ワールドスタンダードから明らかに遅れていて、このままではガラパゴス化してまずいとは思いました。庶民目線の『タイムスクープハンター』もない。そして大河だけ残る。大河は昭和の歴史観を懐かしむコンテンツとなり、先細り終わりに近づいてゆくだけ。このままではまずいと私は痛感していました。トドメを刺すかのように『MAGI』、Netflix伊達政宗もある。
 どうして日本だけこうなるのか? 視聴者の歴史観を構築した授業なり、愛読書なりに原因は求められる。ただ、そういう解析をするとキリがないので、そこは自分のnote別記事にぶん投げておくことにしまして。
 架空人物なり伝奇を叩いて、大河なり歴史通だと胸を張ることは、ある意味とても危険であることは認識した方がよいかと思いま

◆サッカーチームまで「サムライブルー」でよいのか?
 『十三人の刺客』では、島田新六郎がしみじみと、武士の世の中ではいけないと語っていました。武士として栄達を得て、家を継ぐことになった。チャランポランな若者が道を見出したようで、これではダメだと言い切る。それはなぜか?
 『長恨歌』にせよ、『忠臣蔵』にせよ、作られた当時の現代への批判を、「昔にこういうことがあった」という形式で行っています。検閲逃れのテクニックです。

 時代劇にも、そういう作用はあったのではないか? そう感じた本作のラストです。
 『十三人の刺客』にせよ、前述した伝奇ものにせよ。戦争の傷跡が残り、GHQの規制もゆるんだあとの時代ものは、小説にせよ映画にせよ、武士道はいかに残酷で日本人を苦しめてきたか、そういう視線のものが多いのです。

 ものすごく苦しそうな切腹。そんな抗議の仕方しかできないんですか!
 暴力的解決でしかなんとかできない幕藩体制。暴君が老中になって困るのであれば、幕府でなんとかしてくださいよ。どうしてこんな解決方法なんですか?
 なんとなくハッピーエンドのようで、死体が目を開いたままゴロゴロ転がっているし。金と汚い手でごまかした感があるし。全然よい話じゃない。
 しかも、何の解決もしていない。
 確かに武士の世じゃダメではないか!
 じゃあ明治維新万歳! となるかというと、そう単純なものでもありません。維新を成し遂げた側だって武士階級の出身で、そのことにプライドを持っていました。

 明治政府は、国家の統合と軍拡のために、それまでは武士階級のものだけであった価値観を、全国民にまで広めようとしました。その結果がどういうことになったか? 今連載中の山田風太郎原作・勝田文作画『風太郎不戦日記』でも読んでくださいよ。
 精神論重視! 負けるくらいなら死のう! 苦しくとも歯を食いしばれ!
 国民全体が、『十三人の刺客』における武士のような価値観に染まっていった様がわかりますから。

 かつての時代劇には、日本人がどうしてこうなったのか、敗戦に至ったのか、そこを振り返る目線がありました。支配層の問題点、踏み潰される庶民の苦しみを直視していました。
 
 『十三人の刺客』にもそういう要素はある。上様の弟というだけで威張り散らす暴君は徳川批判? そう単純なものかどうか。明治以降、藩閥政治で実力よりも出身地や派閥、閨閥(姻族関係)を重視する人事がまかり通っていた。有力者が殺人に手を染めたというスキャンダル、汚職まみれ、放埒な下半身事情……何もかもが「お上のすることだから仕方ない」とばかりに見過ごされ、昭和二十年を迎えたのでは? そんな意識があります。

 GHQは武士道礼賛を禁じました。そのあと、武士道や日本人精神を抉る時代があったものの、司馬遼太郎のような正史英雄歴史観がもてはやされてゆく。
 伝奇要素をもつ暗い時代劇はダサいジジババのものとされました。バブリーでトレンディな時代になると嘲笑され、「日本史を知らないナウなヤングにもバカうけ!」みたいなゆるくて軽いものが受けるようになり、底が抜けてゆく。
 殺陣にはワイヤーアクションが入る。
 エキストラ、小道具作り、衣装、着付け、所作。そういう技術が衰退しかねない。
 古臭い時代劇を避けるためだのなんだの、そういう言い訳で不勉強をごまかし、大文字アルファベットタイトルのどうしようもない映画が作られる(『JIDAIGEKI』みたいなアレ)。
 和服の特性を無視した水着じみたコスプレをした武将がゲームになり、それをもとに時代劇が。うーむ。
 経済視点から見た! はい、それは歴史的な味方としてはおもしろい。けれども軽いノリで、せせこましくダイナミズムにかけるものばかりができてゆく。
 どんどん時代劇の魅力がダメになっていって、タランティーノやサミュエル・L・ジャクソンだって嘆きそうな、そんな時代が訪れることになってゆきます。

 私はここ数年、本気で絶望していました。NHKの新春時代劇ですら、エキストラがろくに出てこない、ゴーストタウンじみた江戸の街だったり。価値観が高度経済成長期のサラリーマンのものであったり。
 ちょっとヘビーな戦争シーンがあるだけで、SNSでは大袈裟な反応だったり。
 前述の通り、古武道の動きが「もっさりしてる」と言われたり。
 それがやっと終わりそうで、一安心というところです。

 本作と『鬼滅の刃』に共通点があるとのことですが、それも当然でしょう。
 あの作品にも、70年代以前の時代劇にあった暗い雰囲気がある。近現代史の闇を暴く勇気がある。
 人間と流行には、おもしろい関係があるそうですよ。親世代のものに反発し、祖父母世代のものをかっこいいと思うこと。『鬼滅の刃』のヒットには、そんな時代の流れを感じます。
 祖父母の時代、第二次世界大戦価値観リバイバルめいたアジア蔑視と大日本帝国賛美。そんな危険な考えを、冷笑と萌えと大手掲示板のノリで隠していた時代は終わった。その下の世代、70年代がかっこいい時代がきた。それで説明がつくと思うのです。だからこそ、こういう作品のよいリメイクができてくると。

 演じる方のことを中心に書きましたが、それだけじゃない。スタッフの皆様もお疲れ様でした。
 殺陣、爆破技術、セット、小道具、衣装、着付け、色彩設計、カメラワーク、そして演出と脚本! 企画段階からきっちりと丁寧に、誠心誠意を込めて作り上げたものが持つ魔法がかかっていました。素晴らしい、時代劇はこれからもきっと続くことでしょう!

 あ、ところで、次にNHKは『戦国自衛隊』か『魔界転生』やりますよね?
 実は昨年、私は『柳生一族の陰謀』をNHKでやればいいと妄想をウダウダ書き連ねていたんですよ。そうしたら当たった。そんなわけで、期待を込めてこのあたりのリメイクを希望しておきます。

NHKドラマ『柳生一族の陰謀』徹底レビュー! 時代劇への熱量が夢じゃない夢じゃない https://bushoojapan.com/jphistory/edo/2020/04/15/146767 #武将ジャパン @bushoojapanより
『魔界転生』歴史ファンなら見て損はない!「歴史人物転生モノ」の元祖 https://bushoojapan.com/mushacinema/2019/10/08/105306 #武将ジャパン @bushoojapanより
『戦国自衛隊』武田vs伊庭の川中島はトンデモ歴史映画の最高傑作だ! https://bushoojapan.com/bushoo/takeda/2020/07/03/104524 #武将ジャパン @bushoojapanより


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