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いざ、山村留学

山深い無人駅に単線電車が停まる。降りる人も乗る人も居ないのに、この駅はなぜあるのか。

そういう秘境駅も存在する静かな村に、引っ越すことにした。私とこども三人、親子四人で。

往来のない駅こそあるものの、中心地にある駅や里は明るく、学校は建て替えたばかりで新しい建材の香りがする。児童数は少なく、中学生から小学生まで入り混じってサッカーをしているところに、私達親子も混ぜてもらって、見知らぬ訪問者に村の人は皆親切だった。

期間は厳密には決めていないけれど、とりあえず一年。こどもが帰りたがったら切り上げることもあるけれど、でも今のところ、こども三人はワクワクしている。だって大冒険が始まるのだから。

日本全国に、離島留学や山村留学という制度がある。

主に、人口減少にある自治体が、自然豊かな環境で生活したいという児童を迎え入れる。レジャーではなく、一旦、転校するし住民票も移すし、そのまま移住する人も一定数居る。

調べてみると、この制度は全国各地に数え切れない程あって、中には英語教育に力を入れているなど、独自の特色を打ち出したりしている。

人口減少はほとんどの地方が抱える問題で、それには移住者が一番いいのだろうけれど、さすがにハードルが高い。それならば、子供時代だけを過ごす人が途切れず居れば、小学校やそれに伴う自治体の機能は保たれる。

私達親子がつなぎとして住むことにも、なんらかの意味はあるわけだ。

きっかけは、絶賛不登校の中二、いっちゃんの言葉だった。

ある日の夕方のニュースを見ていたいっちゃんが「今、"おてつたび"が人気!」という特集に反応した。

「おてつたび」とは、いわゆるリゾートバイトのようなもので、観光業や農業など地方の仕事の短期バイトに入り、シフトがない日はその土地の名所を巡ったりできる、というもの。

リゾートバイトと違うのは、学生が長期休暇に稼ぐというより、退職後の楽しみやフリーランスで働く人の副業という感じで、取材を受けている人は私と同年代かそれ以上の人が多かった。

「いいなあ、旅行しながらバイト出来るなんて」

なるほど、不登校で時間を持て余している子にはピッタリのシステムかもしれない。が、調べてみると中学生が就労するのはかなり条件が厳しいらしく、どう頑張ってもボランティアが現実的なところだろう。

「いっちゃんに、おてつたびは無理かもねえ。高校生だったらまた違ったんだけどね」。

「ダメかー」

「あ、でも行くだけなら、なんか制度があったかも??」

記憶の引き出しを開けて、ガサガサと奥を探す。思い出した地名を検索する。あった、離島留学。山村留学。

「いっちゃん、これいいじゃん!」

最初は「一年なんて長いよ」とおよび腰だったいっちゃんも、実際にその土地に行ってみるとそれなりに興味がわいてくる。私が夜な夜なネットで情報を探し、気になった土地には休日を利用して家族旅行や現地説明会へ行き、最終的に第一候補になったのが、現在の山深い村だった。

決め手は、自治体の方がとても親身になって相談に乗ってくれたことだった。いっちゃんの不登校のことも、ニンタの知的障害と持病のことも、ミコの吃音のことも、全て伝えると「特別な施設や制度はありませんが、生徒数が少ないのがここの利点ですので、それぞれに対応させて頂きたい、そういう状態で良ければ是非」という回答だった。

下の二人に関しては、どこへ行っても楽しそうで、転校という非日常的なイベント、しかも帰って来られるという安心感もあるのだろう。どの地域でも行きたがった。

そして、決定打となったのは、いっちゃんが「あの学校なら行きたい」と言った事だった。中学三年の一年間は二度と戻らない。今しかない。

学校に行くことや勉強が全てではないけれど、この一年、親子であれこれ探しても、いっちゃんが行きたい場所も生きる道も見つけられなかった。でも、見学させてもらった学校は、初めてピンと来るものがあったらしい。めちゃくちゃ遠い山の中まで来たかいがあった。

でも、もう一つ、ここまで私を地方暮らしに大きく突き動かした理由がある。それは、義務教育、特にニンタの、障害児を取り巻く環境について私が思う所があったからだ。

これに関してはちょくちょくこちらでも書いているけれど、長くなるのでまた改めてゆっくり書きたい。

1月にオンラインで最終面談があり、これは双方の最終的な意思確認という側面があるのだろう。「行きたいです!楽しみです!」とzoom画面で終始はしゃぐこども達の様子に安心して頂けたのか、次の日には「取り急ぎお電話で」と最終決定のお返事を頂けた。

学校、デイサービス、習い事など、関係各所に予め応募してあることはお伝えしていたけれど、「最終決定しました」と伝えると皆さん喜んでくださり、「こどもたちにとって、いい経験になると思う」「うらやましい」「親にもきっといい時間になりますよ」と背中を押してもらえたのもありがたかった。

もちろん、心配がないわけではない。一度転居することになるので、今受けている福祉サービスは全て一度終了ということになる。福祉サービスというのは、申請して審査があってそこを通って初めて利用できるものなので、戻ってきた時に今まで散々やってきた手続きが全部やり直しになるというのは、膨大な事務作業が想像される。

が、何もかも「やるしかないでしょう」という気持ちになったのは、本当にこれはいっちゃんのおかげ。

いっちゃんは「向こうの三年生にいきなり混ざるより、少しでも二年の復習をしておいた方がいいから」という理由で、ボランティア開催の学習塾や、自治体が主催している不登校児向けの学習スペースに少しずつ通うようになった。

あれだけ「とにかく勉強したくない」という言葉を繰り返していたいっちゃんが、机に向かうとは。環境を大きく変える事には、やはり力がある。

地方に住めば、何もかも解決するなんてお気楽な気持ちはさすがにない。

都会っ子のこどもたちがすぐに音を上げるかもしれないし、暮らしてみたら想像と違った、という事もあるだろう。私だって、やっぱり都心部の方が良いわ、と思って帰って来るかもしれない。

でも、今住んでいる場所は人口が多くて、こどももそれなりに多くて、教員の人数が足りていなくて、その状態でやりくりするためなのかルールがたくさんあって、困った時には誰に何を相談したら良いのか、誰が何を最終決定しているのか全くわからない、話す相手の顔が見えない都市部に過ごすのは、もうちょっと疲れた。

他の土地では、どうやって暮らしているのか、一度見てみたい。今ここにある常識が本当に世の中の常識なのか、考えてみたい。その上で、どこで暮らすのか、或いは戻ってきたとしても、どうやって暮らしていくのか、こどもたちと相談しながら決めていきたい。

見回しても見回してもぐるりと山麓。買い物はネットが頼りでコンビニもない。だけど不思議なくらい、安心感を感じる場所だった。

たった一年で地方暮らしの何がわかるわけでもないけれど、私が惹かれた理由が、住めば少しはわかるかもしれない。そして、地方に暮らすという選択肢が、私やこどもの人生に一つ増えるといいなと思う。




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