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台湾の農暦正月と圍爐(uî-lôo)

 台湾語で農曆(旧暦)12月29日を二九暝(jī-káu-mê)と呼び、これは一年の最後の日、つまり大晦日のことです。この日は道教の行事を熱心にする家庭なら、天公(thinn-kong 玉皇大帝=道教の最高神)やその家で祀っている神々(觀音菩薩、天上聖母、關聖帝君または玄天上帝、灶君、土地神=土地公 thóo-tē-kong)や公媽(kong-má 祖先)、地基主(tē-ki-chú 家の守護神)を拝み(神様や先祖を拝むことを拜拜=pài-pàiと言います)、感謝を表し、また新しい一年を守ってもらい、無事に過ごせることを願います。まずは前日の深夜11時から1時の間に天公(thinn-kong)を拝み、夜が明けてから公媽(kong-má 祖先)を祀る準備を始め、正午にはその家で祀っている神々を拝み、午後は地基主(tē-ki-chú)を台所で拝みます。夕方は家族全員で食事を囲む=圍爐(uî-lôo)の前に公媽(kong-má 祖先)を拝まなければなりません。

 台湾で道教を信仰している人が拜拜(拝むこと)する神々は道教の最高神である天公 (thinn-kong 玉皇大帝)の他に觀音菩薩 (かんのん ぼさつ=仏教の菩薩)や 天上聖母 (てんじょうせいぼ=媽祖のことで、航海・漁業の守護神として、中国沿海部を中心に信仰を集める道教の女神)、 關聖帝君 (かんせいていくん=中国後漢末期に劉備に仕えた武将の関羽が神格化されたもの) 、玄天上帝 (げんてんじょうてい=中国道教において北方を守護する神) 、灶君 (そうくん=かまどの神様) などです。そして、土地公( thóo-tē-kong=村落を守護する道教の神、土地神)、地基主 (tē-ki-chú=家の守護神)、公媽 (kong-má=祖先)にも拜拜(拝むこと)します。

 僕自身はクリスチャンなので拜拜=pài-pàiはしませんが、妻のお母さんが熱心に道教の行事をする人なので、大晦日に自宅で拜拜=pài-pàiをしますし、正月時期に近所の廟や台北市内の有名な廟へ僕の妻や妻の妹と一緒に行き、拜拜=pài-pàiをします。

 大晦日の夜は家族が実家へ集まり、家族団欒でご馳走を食べます。これを圍爐(uî-lôo)と言い、家族一緒に食べるご馳走を圍爐飯(uî-lôo-pn̄g)と言います。ご馳走を食べる前に拜拜=pài-pàiをしなければなりません。また、結婚して新しい家族と暮らしている娘はこの日には戻りません。正月二日目=初二 chhe-jīに配偶者や子供たちを連れて自分の実家=後頭厝(āu-thâu-chhù)に戻ります。

 妻の実家の場合は二九暝 (jī-káu-mê)、つまり農暦の大晦日の夜に圍爐飯 (uî-lôo-pn̄g)と呼ばれる家族で一緒に食べる料理を祖先へのお供え物として、神棚の前の台(尪架桌 ang-kè-toh/神桌 sîn-toh)に並べ、また神棚の脇に小さく背の低いテーブルを用意して、 その上に地基主(tē-ki-chú 家の守護神)のお供え物として、圍爐飯(uî-lôo-pn̄g)を小分けにした簡単な物を置きます。まず地基主(tē-ki-chú)を拝み、新しい年もこの家で平安に過ごせることを願います。その後に公媽(kong-má 祖先)を拝み、線香が残り三分の一ぐらいまで短くなった頃にお供え物に満足したかを台湾語で跋桮(poa'h-poe)、客家語で跌筊(tiet-kau)と呼ばれる占いの道具を使って祖先にお伺いを立てます。満足したという答えが出たら、 あの世で使うお金、冥銭(めいせん)=金紙 (kim-chóa)を燃やします。お金を燃やした後、家族一緒に圍爐飯(uî-lôo-pn̄g)を食べます。

 僕の場合は台湾にも日本にも自分の実家はないので、毎年、農暦の大晦日の夜は妻と一緒に妻の実家=後頭厝(āu-thâu-chhù)へ行き(結婚前、僕は妻の実家に居候していたので、帰るとも表現できます)、正月二日目にも妻と一緒に妻の後頭厝(āu-thâu-chhù)へ行きます。

圍爐飯(uî-lôo-pn̄g)/年夜飯(nî-iā-pn̄g)
正月二日目の菜市仔(chhài-chhī-á)=朝市。ほとんどのブースが正月休暇

 この農暦正月期間に準備される料理や果物、お菓子などの名称と縁起のいい言葉との発音が似ている、または同じであることで、縁起が担がれたり、その形状や色、味などでも縁起が担がれます。

 甜粿(tinn-kóeティークエ/客家語=甜粄 thiàm-pánティアムパン)は、1日中水に漬けておいた餅米に水を少量加えて、臼で挽いて液体にしたものに圧力をかけ、水分を抜いて粿粞(kóe-chhèクエツェ ) と呼ばれる塊を作り、 この粿粞(kóe-chhèクエツェ)に黒砂糖を加えてかき混ぜ、蒸しあげる餅です。幸せになること、神々から嬉しい話(縁起のいい話)が聞けるという願いが込められています。

 甘いお餅、甜粿(tinn-kóe)に対して、鹹粿(kiâm-kóeキィアムクエ)もあります。鹹粿(kiâm-kóeキィアムクエ)は「菜頭粿(chhài-thâu-kóeツァイタウクエ)」「芋粿(ōo-kóeオォクエ)」のことで、甘くない餅です。在來米(インディカ米)を使って粿粞(kóe-chhèクエツェ=米粉を液状にし、圧力かけて水分を抜いたもの)を作り、それに大根を短冊状に切って炒めたものを入れたら「菜頭粿(chhài- thâu-kóeツァイタウクエ/客家語=蘿蔔粄lò-phe't-pánロォペッパン)」になり、タロイモを入れたら「芋粿(ōo-kóeオォクエ/客家語芋粄vu-pánヴゥパン)」になります。

甜粿(tinn-kóeティークエ/客家語=甜粄 thiàm-pánティアムパン)
甜粿(tinn-kóeティークエ)は正月前にこういうパッケージでよく売られている。

 台湾語発音「菜頭粿 (chhài-thâu-kóeツァイタウクエ)」の菜頭(chhài-thâu)は彩頭(chhái-thâuツァイタウ=兆し)とトーンは違いますが、音が同じであることから、良い兆しがあることを願い、「芋粿(ōo-kóeオォクエ)」はよい仕事、事業ができることを願っています。台湾語の芋仔(ōo-áオォアー =タロイモ)には芋頭 (ōo-thâuオォタウ) という言い方もあり、芋頭(ōo-thâuオォタウ)と好頭路(hó-thâu-lōoホータウロォ=よい仕事)の好頭(hó-thâuホータウ)と発音が似ていることから、「芋粿(ōo-kóeオォクエ)」はよい仕事、事業ができることを願うのです。だから、大根とタロイモは縁起物とされています。

 發粿(hoat-kóeホアックエ/客家語=發粄fat-pán)は、在來米(インディカ米)を使って粿粞(kóe-chhèクエツェ=米粉を液状にし、圧力かけて水分を抜いたもの)を作り、それに小麦粉、砂糖、酵母を入れ、発酵させたあとに蒸した、蒸しパンのような食感のものです。お金儲けや昇進ができるようにという願いが込められています。發粿の上面は斬り裂けた形ですが、この斬り裂けた跡を「笑い」の形と見立てていて、蒸しあげると上部の避け方がさらに大きくなります。この避け方が深く、大きければ大きいほど、いい事があり、大きく笑い、順調な生活が送れることを象徴しているそうです。農暦の正月の祭り事、神々や祖先を拝む時などのお供え物や親しい人への贈り物としても使われます。

發粿(hoat-kóeホアックエ/客家語=發粄fat-pán)

 香りにつられて、お坊さんがお寺の壁を乗り越えてでも見にくると言われている各種の高級食材を使って煮込んだ高級スープ料理、「佛跳牆 huk21 tiu55 cuong53=福州語は本来、中国福州料理で、元の名称は「福壽全」だそうです。「吉祥如意、福壽雙全」から取ったネーミングで、「縁起の良いことが思うままに起こること、開運、長寿」を願う意味が込められています。「福壽全」を福州語で読むと「佛跳牆」と音が似ているそうです。この料理が台湾に伝わり、台湾でも人気の料理です。大晦日のご馳走、圍爐飯(uî-lôo-pn̄g)として用意する家庭も多いです。台湾語では魚翅筒仔(hî-chhì-tâng-á)跳牆(thiàu-chhiûnn)と呼ばれています。

 大晦日のご馳走、圍爐飯(uî-lôo-pn̄g)には魚一匹丸ごと、鶏一羽丸ごとの料理が用意されますが、魚の中国語発音と有り余る、残るという意味の餘の中国語発音が同じなのでお金、財産がたくさん残ることを願っています。また鶏の台湾語発音と家の台湾語発音が同じなので、台湾語表現の起家(khí-ke =創業する、家庭 や事業を興す、創業する、盛んになること)とかけて、家族や仕事の繁栄を願っています。

 農暦正月時期にポンカン=椪柑(phòng-kam)やパイナップルを飾り物として使いますが、これも縁起を担いでいます。柑橘類の橘と吉の中国語発音がよく似ていること、そしてポンカンの形が丸いことで、縁起を担ぎ、円満を願ったり、オレンジ色の皮も金色を連想させるので、おめでたいと考えるようです。パイナップルの方は台湾語で言うと王梨(ông-lâi)で、旺來(ōng-lâi=繁栄がやってくる)と音が同じなので、縁起物とされています。また、果物やその他の飾り物に「春」という字が書かれたものが貼られることが多いですが、新春を祝う以外に、「春chhun」「賰chhun=有り余るの台湾発音が同じことから、縁起を担ぎ、お金、財産がたくさん残ることを願っています。

椪柑(phòng-kam)、王梨(ông-lâi)、甜粿(tinn-kóe)、糕仔粒(ko-á-li'p)

 米などの穀物や胡麻、ピーナツなどを加工して作る、和菓子の”おこし”のような伝統的なお菓子=麻粩(moâ-láu)米粩(bí-láu)、ちょっと日本のかりんとうのようなお菓子=糋棗仔(chìnn-chó-á)、そして小さいキャンディー類も農暦正月時期にたくさん用意されますが、喜びや甘い生活を表したり、お菓子やキャンディー類がたくさん集まっていると、細かい金銀財宝に見えることから、富と幸運を表しています。この細かいお菓子類を台湾語で「糕仔粒(ko-á-li'p)」と呼びます。伝統的なお菓子、麻粩(moâ-láu)米粩(bí-láu)を食べることは「吃到老老老(chia'h kah lāu-lāu-lāu=老後まで末長く食べ続ける)」という縁起担ぎになっています。

米や胡麻、ピーナツを加工して作る、和菓子の”おこし”のような伝統的なお菓子、麻粩(moâ-láu)。 
米粩(bí-láu)、糋棗仔(chìnn-chó-á)

 妻の実家では正月二日目=初二 chhe-jīに妻と僕、そして、妻の妹や妹の息子、弟の娘、つまり甥っ子や姪っ子たちが集まり、甘いお餅=甜粿(tinn-kóeティークエ)やサツマイモ、タロイモ、蒸しパン=發粿(hoat-kóeホアックエ)を薄く切り分けて、衣をつけて揚げた物を食べます。

甜粿(tinn-kóeティークエ)やサツマイモ、タロイモの揚げ物
甜粿(tinn-kóeティークエ)と發粿(hoat-kóeホアックエ)の揚げ物
「佛跳牆 huk21 tiu55 cuong53=福州語」
圍爐飯(uî-lôo-pn̄g)。鶏は頭と足も必ずある。

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