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転職?いいえ、単なる転社です

広告制作雑感 その4−2(4−1のつづき
 尽力してくれたであろう従兄弟に、採用のお礼を言わなくてはならないと思い電話をした。ところが意外な事に、電話口に出た彼は極めて不機嫌だった。
 私が応募した事は、人事のスタッフから聞いて知っていたそうだ。「応募の秘密厳守」と謳っていても、当時の広告業界では守られない場合もあった。それどころか応募者(私の事だ)の情報を現職企業の、それも直接上司に問い合わせたりする露骨に酷い会社も複数あった(今はどうなのだろうか)。
 採用については従兄弟が尽力してくれた結果だとばかり思っていたが、実際には何もしていなかったそうだ。採用は私の実力で有り、また信じ難い事だが、私の応募を「迷惑だ」と言い放った。
 彼曰く「社内に親類縁者がいると仕事がやりづらい」のだそうだ。そしてそれは「社会的な一般常識」だそうで、理由を問うた私は「そんな事とも分からないダメな奴」なのだそうだ。結局、その理由は教えてくれなかった。

 だから引退した今でも「そんな事が分からない」私は「一般常識の無いダメな奴」のままなのだ。
 しかし、自分(従兄弟自身)で「公募があったら応募してみろ」と言っておきながら、「迷惑だ」とはどういう事だろうか。私なんぞは応募しても、絶対に採用される筈が無いと、タカを括っていたのだろうか。
 しかし、大手広告代理店とはいえ入社前から「ケチ」がついては、転職後の障害となるかも知れない。また従兄弟の言っている事はさっぱり理解出来なかったが、社内に「何かしらの問題」が潜んでいる可能性もある。
 何よりも、あらかじめ私を「疎ましく思う」従兄弟がいるのだ。少々、いいや、かなり不安であった。
 大変残念だが、大手代理店は謹んで辞退させていただき、中堅代理店を選択しなおし転職する事に決めた。

 その中堅代理店で外国企業の製品を担当した経験と、一緒にそのクライアントを担当していたコピーライターの紹介もあって、数年後に外資系広告代理店に、それなりの高待遇で転職する事が出来た。当時は外資系広告代理店の日本進出が相次ぎ、大変勢いのある時期だったのだ。
 私の場合、自他ともに認める三流クリエイターであり「非常識でダメな奴」だが、人との出会いとそのタイミングによって、能力以上の「場」を得られた。運が悪いと思う事や、腹に据えかねる事もあったが、冷静に自分の能力や社会性の程度を振り返ってみると、人との関わりのお蔭で分不相応な「場」を与えて貰えたと、心より感謝している。
 まして広告は、クライアントの予算で凡庸な「自分の作品」を制作させて貰えるだけでなく、マスメディアという超メジャーな「発表の場」まで提供して貰えるのである。こんな有り難い事があるだろうか。
 休みが無かったり徹夜が続いても、クリエイターという職業そのものを変える「本当の意味での転職」を考えた事が、ただの一度も無かったのはその為だと思う。
(つづく)

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