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2023年を本で振り返る

今年読んで印象に残った本を5冊選んでみたら、あまりにも偏っていて面白かったので紹介します。まあ選書って得てしてそういうものか。

『脳は世界をどう見ているのか』 ジェフ・ホーキンス

この本に書かれているのは大きく分けて3つ。「脳が世界を知覚する仕組み」と「AIは恐れるべき存在なのか」、そして「脳の理論と人類の未来」について。

その中で個人的に一番印象に残ったのは「脳が世界を知覚する仕組み」です。他の2つの議論の土台となる、脳に関する最新研究を初心者でも分かるように説明してくれています。

脳がどういう仕組みで世界を知覚・認識し、様々な判断を下しているのか。「脳の中にはさらに小さな脳が何千何万とあり、それらの合意によって意思決定をしている」という「1000の脳」理論をもとに紐解いていきます。

日常の自分の行動を思い返して、「どうして私の脳は思い通りに動かないのだろう」「こんな簡単なことをどうして間違えてしまうのだろう」と思うことは数多くあります。

この本で説明されている「脳は世界をどう見ているのか」を知ると、そんな間違いの原因も大体説明がつくような気がしてきます。ざっくり言ってしまえば「脳にはもともと備わったバグみたいなものがある」。でもその「バグ」によって、生存競争を生き抜いてきた、ということでもあります。

「人間って原理的にそういうものなんだな」と、間違えや弱さを受け入れつつ、人間のすごさも改めて感じました。

義務教育で勉強したことを思い返すと私たちは、他の臓器に比べて脳についてあまり学んできていないかも知れません。事実、この本に書かれている研究成果の多くは、ここ10年ほどの間で明らかになったもの。脳についてはまだまだ分かっていないことも多いと言われています。

私たちはあまり脳のことを知らない。もっと詳しく知ることができたら、いま多くの人が抱えている「生きづらさ」をほどくヒントになるかもしれません。

この本では「AIは人間の知能には敵わない。恐れるべき存在ではない」と断言しています。そして、本当に怖いのは、技術を悪用する人間であり、その根本にあるのは人間の脳であると。

脳について知ることは、自分自身のためにも、良い未来を作っていくためにも、大切なことなのかもしれません。

内容とは関係ありませんが、私はこの本を読んでいると「脳で脳のことについて考えている」ということに脳が混乱している感覚になります。気のせいですかね?もしかしたら鏡を見て犬や猫が混乱した様子を見せるのは、こういうことなのかもしれない。すごく面白いです。


『Chatterー「頭の中のひとりごと」をコントロールし、最良の行動を導くための26の方法』 イーサン・クロス

チャッターとはタイトルにある通り「頭の中のひとりごと」のこと。人間には、頭の中だけで話している「内なる声」があるといいます。

そのひとりごとのスピードは「声を出して1分間に4000語を発するのに匹敵する」とのこと。現代のアメリカ大統領の一般教書演説では通常、1時間で6000語程度を話すそう。それと比較して、内なる声がいかにせわしないか、と説明しています。

私はどっちかといえば考え過ぎ人間なので、「内なる声」が結構うるさい。やっぱりちゃんとコントロールしなきゃいけないものなんだなと、当事者意識100点満点でこの本を手に取りました。

「内なる声」は使い方によっては私たちの味方にも、敵にもなる存在。どういうときに敵になり、どういうときに味方にもなるのか、チャッターのメカニズム、心理的影響などを説明した上で、チャッターへの対処法を具体的に紹介してくれている本です。

先に紹介した『脳は世界をどう見ているのか』と合わせて、コントロールできない自分の思考や判断に悩んだ時、「ああ、これもきっと脳に備わったバグみたいなものなんだなあ」と、一歩引いた目で自分を捉えることに繋がりました。

本の最後では、すぐに取り入れられる具体的なアクションを「チャッターを制御するための26のツール」とまとめて紹介しています。

科学的な知見で書かれた本ですが、お守り、迷信、儀式なども有効な対処法として、肯定的に書かれているのが面白かったです。

『思わず考えちゃう』 ヨシタケシンスケ

「あわよくば、生きるヒントに。」という帯が効いてるな~と思って購入。人気絵本作家によるスケッチ解説エッセイです。

ヨシタケさんは普段、持ち歩いている手帳のメモ欄に「思わず考えちゃったこと」を描きとめて、それを保管しているそう。それを講演会の合間に紹介したところ、好評だったので本にした、ということらしいです。

めちゃくちゃ面白い。「わかる~!それ私も思ったことある!」という共感、「そんなこと考えたこともなかった……」という驚きや笑い、「そんなことまで考えてどうするの!」とちょっとイラっとするようなことまで。笑

この本に書かれているようなことはきっと、内容は違えど、みんなが誰しもが考えることだと思うのです。ふと思ったこと、それがどういう感情なのかも分からないけれど、ちょっと心が動いたこと。

でも、それを人に話したり、絵や言葉にすることはあまりしない。下手したら「なにそれ?」「へえ、それで?」と言われかねないから。そして「へえ、それで?」と言われたら「それだけだよ!悪いか!」と怒って言い返してしまいそう。

でも、怒ってしまうのは、それだけ大切なものだからなのだと思います。

「思わず考えちゃう」ことに宿る面白さや美しさや、そんな風にカテゴライズして言い表せないけれど確実に心が動いていること。そういうことを「それだけ」で共有できるのって、人間にとって大切なことだったりするんだろうな。そんな思いをを確信に近づけてくれた本でした。


『増えるものたちの進化生物学』 市橋伯一

この本のテーマは「なんのために生きているのだろう」という疑問。地球規模、100年規模で見たら、なんて身勝手で身の程知らずなことを言うんだと、平和ボケだと、怒られてしまいそうな怖さがあります。

生きているだけでありがたい、生きたくても生きられない命が世界にはたくさんあるのだよと、それは道徳的にどこまでも正しく、美しい話。でも「私はなんのために生きているのだろう」という疑問が胸にのしかかる重みも、痛みも、間違いなく存在する。

この本はそんな痛みを、進化生物学の観点で「少産少死の生存戦略に起因する悩み」と捉えます。

「多く死に、多く産む」ことで子孫を残す「多産多死」に対し、人間は「少なく産み、あまり死なない」ことで子孫を残す「少産少死」という生存競争を取っています。

少産少死の戦略を取った結果生まれたのが「愛情」や「長生きしたい/して欲しい」という感情で、人間の悩みのほとんどは、ここに起因するということ。

私たちがここに存在するのは「増えるものの末裔だから」。
私たちがこんなに悩みが多いのは「少産少死の生存戦略を取っているから」。

「増える性質に由来する価値観」と、「個々の人間の価値観や生きさすさ」は別のものであるということ。その2つがときに矛盾することで、重荷になったり、葛藤が生まれたりするということ。

またこの本の最後では、リチャード・ドーキンスが「ミーム」と名付けた「人間の脳に広がる考え方やアイデア」についても触れています。

生物としての生存に全く役に立たないのに、芸術や文化に人間が夢中になるのはなぜか。それは芸術や文化は新しく人間が生み出した「増えて遺伝するもの」であり、芸術や文化的活動は「人間とミーム」の共生であるから。

そういったことを順を追って説明し、最後には「生きることに目的や使命はないが、価値と生きがいはある」と結論付けます。

私たち人間は、増える有機物質が作り出したひとつの現象です。特に目的も使命もありませんが、同じく増えるものであるミームとともに、予想もつかず、魅力的で、生きていてよかったと思えるような世界を作りだせるかもしれません。

『増えるものたちの進化生物学』市橋伯一 筑摩書房

この本を読んだからといって悩みがきれいさっぱりなくなるわけではないだろうけれど。でも、この本に書かれていることが腹落ちできているだけで、重苦しかった「生きること」がかろやかになり、自分の手元にきちんと降りてきたような感覚になれました。


『ごはんぐるり』 西加奈子

この本、おいしそうなごはんがたくさん出てきます。全部ものすごくおいしそう。でも、きっと多分、ここに出てくるごはんたちを、舌の肥えたグルメ評論家が実際に食べて点数をつけたら、大した点数は付かなかったりするのだろう、なんてことも思います。

だけど、何回も言うけれど、確実に、絶対に、めちゃくちゃおいしそう。それはもちろん、西さんの描写力や語彙力によるものでもあります。でも、それだけではなく、ここには深くて強い「ごはん」への愛情がある。

ごはんを、食べること、作ること、作ってあげること、作ってもらうこと、ごはんの話をすること、ごはんを選ぶこと。この本は、その1つ1つを、愛情を持って見つめるエッセイです。

ごはんというものを通して、国境や年齢、性別を飛び越えた誰かと、自分自身と、対話をする。その対話の様子が愛情深く、素直で正直に書かれています。

誰にとっても、食べることは生きるために必要なこと。生きるために、体内に食べ物を入れて、吸収する。誰もがそうやって、同じようにしているはず。

なおかつ「食べる」ということには本当に人が現れる。食の好みや食べ方、食べ物に対する向き合い方、などなど。

「誰にとっても同じこと」と「そこに人が現れること」、この2つを繋ぐ接続詞は「だから」と「だけど」、どちらが適切なのだろう。

この「だから」と「だけど」の間に、人が生きるということの不思議が詰まっているのではないか、このエッセイを読んで、そんなことを思いました。

それから、この本を読んでいると脳と胃が声を揃えて「おなかすいた!」と言ってきます。

おわりに

ねえ、めちゃくちゃ偏っているでしょう。他の人から見て偏りがないかを考えていない代わりに、本気で良いと思った本を紹介できている自信はあります。

今年もなんだかいろいろ悩んだなあ~、この本にこういうこと気付かされたんだよなあ~と、いい振り返りができました。

現状の読書リストを見返したら、読みかけの本が14冊、まだ読めてないけど読みたい本が5冊。自分が積読モンスターであることが判明しました。

でも実際、積読こそが楽しいと思っている節もあります。今は小説の気分じゃないな、手が遠のいていた学術書を読もうかなとか。頭が疲れたからさらっとしたエッセイを読もうかなとか。

飽きたら違う本に行って、しばらくしてまた戻ってくれば、苦手な本でも挫折せずに読めるし、並行して読んでいる2冊の間に新たな気付きが生まれることもあって、楽しいのです。

ただ、途中まで読んだ本がいっぱいになると収拾がつかなくなるので、notionで表にしたり、手帳にリストを作ったりして、なんとか管理しています。そのリストを見返して振り返ったときにも、いろいろな気付きがあったりするので、悪くない方法なのかなと思っています。

来年は、積読モンスターから積読大魔神くらいになりたいです。

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