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色づいたトマト

雪と耕太は同じ幼稚園に通う同級生でした。家が近いこともあり、ふたりは一番の仲良しでした。

雪の家の庭には小さな畑がありました。雪のお父さんが作ってくれたものです。雪は耕太と一緒に、ミニトマトの苗を植えました。
苗はまだ葉と茎だけなのに、ちゃんとトマトの匂いがしました。

苗は少しずつ大きくなりました。
大きくなる瞬間を見ようと、雪と耕太は毎日、幼稚園が終わると畑に行きました。けれどどんなに急いで帰っても、苗は必ず、前の日より少しだけ成長しています。大きくなる瞬間は、なかなか見ることができませんでした。

ある日帰ってみると、昨日までは黄色い花が咲いていたところが、小さく緑に膨らんでいるように見えました。トマトの赤ちゃんです。
雪はそっと手を触れました。すべすべ、つるつるしています。
雪は耕太の顔を見ました。耕太はにこっと笑いました。二人は甘くて赤い大きな実をほおばる日を想像して、待ち遠しくなりました。


7月も半ばを過ぎた頃、耕太が幼稚園を休みました。風邪で熱を出し、家から出られなくなってしまったのです。

雪は、幼稚園が終わるとまっすぐ畑に向かいました。寝込んでいる耕太の分も、トマトの様子をしっかり見なければと思いました。

トマトの実はずいぶん増えて膨らんで、緑から黄色やオレンジ色に変わってきています。真っ赤になるまで採ってはいけないとお父さんから言われていたので、雪はまだ摘んではいませんでした。

赤い実があるかどうか確認するため、雪は実を一つ一つ注意深く観察しました。
「もし、今日赤い実が見つかったら、耕太にお見舞いに持って行こう」

黄色やオレンジ色の実の中に、真っ赤なミニトマトを見つけました。ヘタの部分を持ち、ゆっくり捻ると、実はぽろっと外れました。

雪はミニトマトを一つ握り、耕太の家へと走りました。インターホンを鳴らします。反応がありません。門を開けて縁側に回り、窓から中の様子を覗きました。居間で耕太が独り、布団で寝ていました。雪は窓を叩こうとしてやめました。

雪は掌を開き、トマトをじっと眺めました。
「耕太に届けたいけど、どうしよう」

アブラゼミが鳴き始めました。声がする方を見ると、玄関の柿の木に止まっているようです。雪は掌を閉じ、玄関に戻りました。

玄関扉の前に郵便ポストがありました。雪は柿の木から葉っぱを一枚ちぎり、ポストの上に敷きました。その上に、転がらないように気をつけてミニトマトを置きました。

次の日も、耕太はお休みでした。雪は畑でミニトマトを二個採ると、両手に一個ずつ握りました。

耕太の家に着くと、昨日のトマトはなくなっていました。雪は柿の葉を二枚ちぎると、それぞれに一つずつトマトを置きました。

その次の日も、耕太は来ませんでした。雪はまた、耕太の家に行きました。トマトは三個になりました。

その翌日も耕太はお休みでした。トマトは日に日に採れる数が増えています。

雪は耕太の家に着くと、縁側に回りました。中を除くと、耕太が起きてテレビを見ているようでした。
窓を叩いて合図しました。耕太は雪に気付くと驚いた顔で近付いてきました。窓が開き、パジャマ姿の耕太が現れました。少し痩せたように見えました。
「雪、来てくれたの」
「うん。もう大丈夫なの?」
雪が尋ねると、耕太はうん、と頷きました。
「トマトおいしかった。ありがとう」
雪は耕太が気付いてくれていたことに嬉しくなりました。

雪はスカートのポケットに手を入れました。ポケットには、真っ赤なミニトマトがたくさん入っていました。雪は二個取り出し、耕太に渡しました。
雪は自分用にもミニトマトを一個取り出し、口の中に放り込みました。耕太は負けじと、二個のトマトを一気にほおばりました。両方のほっぺたが膨らんで、耕太はリスみたいでした。耕太の顔を見て、雪は吹き出しそうになりました。


アブラゼミがけたたましく鳴いています。夏休みはこれからです。

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