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ザリガニの鳴くところ

ディーリア・オーエンズ著、友廣純訳「ザリガニの鳴くところ」を読んだ。2021年本屋大賞翻訳小説部門第1位、昨年11月には映画が公開された作品だ。タイトルがちょっと変わっていて「そもそもザリガニは鳴くのか?」という疑問が湧いてくる。調べてみると、声は出さないが「ジジジ」と音を立てるらしい。原題は”WHERE THE CRAWDADS SING”なので、文字通りの訳だ。

「ザリガニの鳴くところ」とは湿地を意味し、物語はアメリカのある湿地を舞台としている。チェイスの死体が発見された1969年とその後の捜査、裁判が一つの軸だ。そしてこの物語の主人公で「湿地の少女」と呼ばれるカイア(キャサリン)の幼少の頃の1952年からの成長の物語がもう一つの軸である。この2つの離れた時間軸の物語が交互に語られる。そしてカイアが成長を遂げ、チェイスの死んだ1969年に追いついた時がミステリーの核心となる。

湿地の住人である少女カイアは父親と一緒に貧しい暮らしをしている。父親の暴力のため、兄姉、母親もカイアを残して去って行った。そして遂に父親もある日家を出たまま戻ってこなくなる。幼いカイアはムール貝を売って日銭を稼ぎ、ひとりで生きていく。学校にも行かない裸足の少女は周囲から蔑まれる。そんな中、兄の友人のテイトが彼女を支える。読み書きを教え、湿地の自然の知識を授けていくうちに二人の仲は親密になっていく。そして時が過ぎ、テイトとの別れ、チェイスとの出会い、と話は進む。

ミステリーとしては最後にようやく謎が解き明かされる。それまで読者はこの謎の結果がどう落ち着くかといろいろな想像を掻き立てられるだろう。或いは、作者の話の運びの巧みさに騙されそうになるかもしれない。最後まで上手く引っ張られ、読了後にはその結末が自分の中に沈み込むまでにしばし時間がかかった。

また、カイアの成長物語の方も興味深い。作者オーエンズは学者でもあり、動物行動学の博士号を持っているため、湿地の動物たちなどの自然の描写はとても奥が深い。そのため我々に馴染みのない湿地での生活がリアルに感じられる。これもこの小説の面白さだ。単なるミステリーに終わらず、アメリカ社会のさまざまの様相、50年代から70年代にかけての時代性をも垣間見せてくれる作品だ。

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