海猫屋

今はなき小樽のレストラン「海猫屋」を2007年1月に訪れた。その時のことをブログにエッセイ風にしたためたものを再掲する。

「何処から来ました?」
一万円札を差し出すと、口髭をたくわえた店のご主人が言う。不意の問いに戸惑い、一瞬間が空いて答を返す。

「神戸からですか...。」小樽を訪れた経緯を手短に話すと、目を見開いてちょっとびっくりした。その顔は先程2階で見た雑誌の切抜きの写真と同じだ。古ぼけたファイルにたくさんの記事。ご主人は著名人の横で微笑んでいる。違うのは目の前のご主人は髪や髭に霜が降りていることで、それは30年というお店の歴史を物語っているようにも見える。

「また来て下さい。」はるばる神戸から来た客に対しまたお店に来て下さいということなのか、小樽を訪れるよう言っているのかと再び戸惑いながらも礼を言い店を後にした。

元々は別の店で食事の予定だったが店先のメニューにがっかりし、近くの「海猫屋」に足を向けたのだ。元レンガ倉庫の店に入ると2階へと通される。ほの暗い店内はジャズが流れ、大人の雰囲気が漂う。急な階段に「トットットッ」と潔い足音を響かせて給仕の女性が注文を取りに駆け上がって来る。


小樽は港町。雲丹のキッシュと海の幸スパゲッティの魚貝を選ぶ。結局両者ともたっぷりの量で1時間かけて平らげた。酔いも手伝い、ピアノの上に置いてある本を勝手に手に取る。村松友視の「海猫屋の客」。最初の数ページを繰る。この店のご主人がひとり客を待ちながら冬の小樽を回想する場面だった。

ここ数日で初めてのゆったりとした食事に満足し食後の珈琲を飲みほした。もう一度店内の様子を目に焼きつけ、足音が響く階段を下りレジに向かう。不意に目の前にご主人が現れる。そして代金を受け取りながら、まるで小説の始まりのように尋ねる。
「何処から来ました?」

ブログを10年ほど書いていたことがある。不運なことに運営会社が閉鎖することが何度かあり、移転が重なって嫌気がさして放っておいたら、全てを失ってしまった。

noteを始めて今更ながら、過去に書いた文章がどこか残っていないか調べてみた。なんとネット上になぜか一部残っていたのを発見。上記の文章は、書いた覚えがあったので、そこから探して再生したもの。今後も少しずつ発掘作業をしてみようかと思う。

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