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卒業式ができない先輩の袴姿を、撮影してきた

先日、とある先輩の卒業写真を撮ってきた。

昨今の新型コロナウイルスの影響で、弊学で開催される予定だった卒業式も例に漏れず中止になった。


例年であれば大きな会場で、盛大に執り行われる予定だった。

しかし今年は、その大きな会場が借りられない。
だから、大学で卒業式を行う予定だった。

弊学の卒業生が一堂に会する場所は、我々のキャンパスにはない。
そのため、学部毎に教室を設定して、そこで執り行う予定だったらしい。


それも、中止になった。


今年大学を卒業する22歳は、2018年、ちょうど成人式の「ハレノヒ事件」に遭った世代だ。


運がない世代。そんな自虐を、多くの先輩が口にしていた。



卒業式はできなくても、後輩が先輩にできることはある。
今回は、私の写真だ。


卒業式の予定だった日に、大学で撮影を行った。
良く晴れた、気持ちの良い春であった。


念のため書くが、感染拡大の3要素の
   ①換気の悪い密閉空間
   ②多数が集まる密集空間
   ③間近で会話や発声をする密接場面
のうち、①換気の悪い密閉空間、②多数が集まる密集空間、の双方にあたらない範囲で撮影を行った。具体的には建物内の吹き抜け部や利用者の少ない廊下、屋上などの屋外等である。
そのうえ、今回撮影に参加した者のうち、有症状の者はいなかった。
おことわりである。



先輩は袴を着てきた。

それはとても似合っていた。

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袴は節目の行事しか着られないもの、という服ではない。

着ようと思えば着られるものである。
でも、行事以外で着る人はそうそう居ないだろう。


もしかしたら、人生で着る最後の機会かもしれない。

そう思うと、責任の重大さを感じる。


もしかしたら、一生残る写真になる。

人を撮る、ということは、そういう事だ。

写真館のカメラマンの気持ちが、なんとなく分かった。


先輩は撮られ慣れているので、ポーズには困らない。

時には面白いポーズをしたりする。

でも、撮影をしながら、自分はこれで正しいのか、この撮り方でいいのか、ということをずっと悩んでいた。

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そもそも、自分の写真の腕に自信がない。
写真でお金をもらったことはない。無償提供だ。

レンズだって高いものではない。6万円くらいの便利ズーム。暗いところは苦手だ。


撮るうちに、気づいたことがある。

だからこそ、である。
(この先少しマニアック(小声))

だからこそ、思い切って撮ればいい。構図とシャッタースピードにさえ気をつけて、あとはレタッチで何とかする。絞りはなるべく開放。

肌がきれいな先輩なので、極端に暗くならないようにする。
室内は仕方ないけど、なるべくISO感度を小さくする。ノイジーにしない工夫だ。

カメラのセンサーサイズがAPS-Cだから、フルサイズよりも制約が多い。

レンズが便利ズームだから、どうしてもF5.6とかになってしまう。ワイドでもF3.5。10万円以上する高解像度レンズには負ける。


だからこそ、思い切って撮って、レタッチでなんとかした。
それが本日。3/26である。


レタッチでなんとかするのは、正直大変だ。


でも、そのくらいの努力をかけないと、自分が先輩の写真を撮った“意味”がなくなる。

総枚数、350枚越え。第4世代Core i7を搭載したラップトップもひいひい言っていたけど。


写真は、撮るその瞬間にすべてが決まる。

その一瞬を切り取る仕事を、節目の大事な行事で任せてくれた先輩に感謝。


そして。卒業おめでとうございます。

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